2019年5月25日土曜日

5月25日




あっという間に半袖だ

風が吹いてきても暑いなあ

毎日毎日
変化してるんだな

ひとつの家庭も
世界も
宇宙も



認知症が進行しない予定だった父も
どう見ても進行しているし

こないだ会いに行った父の叔母も
デイサービスでは穏やかだけど
自分の家に帰ると
しっかり進行具合が見て取れるらしい

表面的にはわからなくても
そのひとらしさが一番出る場面で
その変化が良く見えるそう


叔母ちゃんはお客さん商売をしてたので
人前に出るとシャンとするみたいだし
父も家族以外のひとがいるとキリリとなる

叔母ちゃんのデイサービスに来てるひと達も
全然認知症には見えないひとばかり

側から見ると
周りを困らせるような
問題行動をするようには見えない
ふつうのおじいちゃんおばあちゃん達だった



いろんな方向から見ないとわからない
ほんとうはすごく変化してるかもしれない

でも本人は無意識にでも
ちょっと無理してがんばってる姿を
みんなに見せようとするんだな

そのひとの習慣や美徳は
根強く残るみたいだ


2019年5月22日水曜日

5月22日




おいしそうなベリーがなっていた

今日も通ったら
なくなっていた

食べたかったけど
ちょっと怖い
昔みたいに直感だけでは
口に入れられなくなった



今週から週に一回
父の排便コントロールのために
看護師さんが来てくれることになった

時々看護師さんが
家に来てくれるということの安心感

自分だったらなるべく
お医者さんにはかかりたくないのに
自分以外のひとは 最低限でも
プロにお世話になっていてほしいと
思うようになった


10年くらい前
親友が癌で亡くなったのだけど
そのひとは自然療法で治したがっていた
でも奥さんが「安心できないから」と大反対で
あらゆる抗がん剤治療を受けて
最後にはなすすべがなくなり
亡くなってしまった

その頃私は
自分の治療法さえ自分で選択できない親友が
かわいそうだと思ったりしたけど
今は奥さんの気持ちもわかるな

今でも私は
本人に選択してもらいたいと思うだろうけど
近くで見ているひとは
自分のからだじゃない分
不安も大きいのだと思う


私だってもうすでに
看護師さんが来てくれるってだけで
もう何があっても大丈夫ってくらい
日々の介護も怠ってしまいそうなくらい
大安心しちゃってるもの


2019年5月20日月曜日

5月20日




朝から辛そうな父

顔を見に行く度
苦しいと言っている

寝てても起きてても苦しそう

でもどうやら
自分でも何がどう苦しいのか
あんまりわかってなさそうだ


今日はマスクを手に持ってじっと見て
これはなあに?となっていた
自分からほしいと言って
時々使っているのに

そのうち相手が何を言ってるかどころか
自分が伝えたいことの
単語が出てこなくなって
伝えられなくなってくるのかな

正確にはもう 半分くらいしか
伝えられてないように感じているけど



そんな感じになってきた父が
辛くておなかすいてないけど
ちょっとでもごはんを食べなきゃと
居間に来て
ソファーにどんと座って
窓の外を見て
「虹が出てるね」
と言った

全然出てなかったけど
父には虹が見えている

いろいろ不自由が出てくるけど
出てないのに虹が見えてるなんて
けっこう幸せなおじいちゃんだな


2019年5月18日土曜日

5月18日




昨日の父はごきげんで
自分からお風呂に入ってサッパリ

養命酒も飲んで
拍車がかかったようで
一度寝たはずなのに
夜中にケンチャンに手伝ってもらって
古〜〜いワインを開けて
チーズとハムも並べてもらって晩酌

せっかく開けた20年もののワインは
すっかりワインビネガーになってしまっていて
残念だったみたいだけど
よっぽど調子が良かったのだろう

ケンチャンも楽しかったと言っていたし
父がとってもふつうだったと言っていた


観察していると
幻視モードがピークに達すると
徐々にまたふつうになってくる

寝ちゃうとその変化がわかりにくいけど
起きている間に戻ってくるときもある


そうは言っても
夜中に起きてきて晩酌してるところは
決してふつうじゃないんだけども


2019年5月17日金曜日

5月17日




今日はずっと観たかった映画を観に
本厚木までドライブ

認知症になってしまった
高齢のおばあちゃんを
もっと高齢なおじいちゃんが介護する姿を
娘が撮影し映画化したドキュメンタリー

携帯もナビもないので
手書きの地図を持っていったんだけど
しっかり迷って
本編上映開始直前に滑り込む

泣いたり笑ったりしてたら
あっという間に終わってしまった


自分が認知症になってしまって
混乱して泣きわめくおばあちゃんに
おじいちゃんが
「(混乱するより)感謝しろ」
と言ってたのが印象に残った

それはすごく難しいことだということは
もう知ってるのだけど
やっぱりそういうときには
感謝できるようでありたいな
と  改めて思った



因みにうちは
もし認知症になったら
ケンチャンはうちの裏山で
野生に帰ると言っているので
そうしてもらおうと思っている


2019年5月16日木曜日

5月16日




父が起きてきて
ふつうの状態を通り越して
ちんぷんかんぷんを言い出すと
始めはうんうんと聞いてみたり
笑い飛ばしたりできるけど
間もなくウザくなって
イライラしてくる

妄想や幻視に
私を組み込んでくるのがまたウザい


今日なんてお客さんが来て
インタビューがあると言うので
うんうんと聞いてたら
私にインタビューしたがってる
なんて言うから
たまったもんじゃない

ちょうど買い物に出かけようと思ってたので
こういうときはウザさが上回り
躊躇なく父を置いて外に出る


幻視に付き合う派のあのひとだったら
上手にインタビューを受けるかな

大きなからだで
うちの弟の子供たちとも
全力でお医者さんごっこしてくれたみたいだし

一度遊びに来てもらって
どんな風にドラマチックに父に付き合うのか
お手本を見せてもらいたい


2019年5月15日水曜日

5月15日




いないみたいに眠り続けてた父は
だいたい3日目の朝くらいには
ふつうの顔して起きてくる

私は3日前までのこととなると
いつもなんとなく忘れてしまう

だから
父がいつものように
ちんぷんかんぷんなことを言い出すと
あれ?まだそんなこと言ってるの?
と頭が不思議な感じになる


この一年ずっと
同じことを繰り返しているのだけど
なぜか脳みそが
なかったことにしようとする

眠り続けて起きてきたときには
いつかふつうの父に戻ってると
どこか脳の片隅にある
望みを捨てられないかのようだ


そんな中今朝の父は
このままでいてほしいと
そりゃあ思ってしまうよというくらい
久しぶりにふつう

朝も昼もちゃんと食べて
おやつも「これはほんとうにおいしい!」
と幸せそうに食べていた

それは何って
小川軒のレーズンサンド

食べたことないけど
そんなにおいしいんだな〜

レーズンサンド食べてたら
ふつうでいてくれるのなら
糖質過多だって言われても
毎日買ってくるのにな


2019年5月14日火曜日

5月14日




ユキノシタの天ぷら
食べたいけど
ここまで生い茂ってると
なんだか手が出ない



父が眠っている日は
まるでいないみたいに静かで
何も要求してこないし
何の手もかからないのだけど

基本的に
待っている
父が起きたときのために

チャンスとばかりに
せめて水分は摂らせないと
脳みそがどんどん乾いていってしまう

私もせっせと水を飲むようになった
脳みそが乾いたら嫌だから

脳みそは良質の油と
水を求めているそうだ



今日は一日雨で
外もしっとり

篠山のたんぼも潤ったかな


2019年5月12日日曜日

5月12日




それにしても父は
良くしゃべるようになった

トンチンカン過ぎて
何を言ってるのか
全然わからないのだけど

先日の
新しいケアマネージャーさんとの
ご対面のときも
それはそれはペラペラと良くしゃべっていた

私はこんな父を
こうなるまで知りませんでした
と言ったら
ケアマネさんがびっくりしていた


ケアマネさんの前では
父はやっぱりよそゆきの父で
でもいつも聞けない父の気持ちを
いろいろ聞くことができた

わかってはいたけど
明確になったのが
父は父自身の生活が
一番大事だと思っていること

私の生活を縛るのは悪いとは思うけど
私はまだ若いんだし
父が一番大変なんだと言っていた


子供の幸せより自分のことが
大事な父だということは
こうなってすぐに気がついた

始めは悲しかったけど
今はそう言ってくれてありがたい

そしたら私も
ちゃんと自分のこと考えて
これからの選択をしていこうって
思えるようになったから


2019年5月11日土曜日

5月11日




先日父の介護認定の更新をしたら
今日新しい介護保険証が届いた

要介護3と書いてあった
なんだよ もう3になっちゃったのか。。

要介護2から1に繰り下げかもと
勝手に思い込んでいた
調査員さんが大変そうだと言ってくれてたのは
社交辞令じゃなかったんだ

3になったら選択肢が広がるのに
と思っていたけど
なったらなったで悲しい




昨日は父が寝てる間に抜け出して
ひとりでおいしいものを食べちゃおうと
ちょっと足を伸ばして
ランチをしに行った

そしたらパンで長年お世話になっていた
お友達ご夫婦に会った

すごく久しぶりに会ったふたりは
私の抱いていたイメージを
もひとつ上回るやさしさで
私の話を聞いてくれて
ふたりの話もしてくれた

今の自分にぴったりの人達に会えた気がして
ほんとうに縁とは面白いなと思う



家に帰ると父はまだ寝ていた
24時間眠り続けて
ほんの少しだけ水を飲んで
また朝まで眠り続けた

朝ごはんをかろうじて食べて
今もまだ寝ている

父が要介護3だということは
うちでの当たり前の日常は
そんなに当たり前ではないってことなんだな


2019年5月10日金曜日

5月10日




あまり美しくない話だけど

父は便秘と下痢を繰り返すようになってしまい
おしりが悲鳴をあげているようで

背中をまあるくして
痛そうに座っている
なんとかできないかと考える


なかなかお風呂にも入ってくれないので
おしりを清潔に保つためにも
ウォシュレット!と思い
二階のトイレだけにある
ウォシュレットを使えと言っても
なかなか階段をのぼるのがおっくうなようで
一階のトイレにもウォシュレットを買うことに

でも 最新式を買っても
使えなかったら意味がない
二階のと同じのを中古で見つけた

まだナショナルだった頃の古いもの
ウォシュレットを中古でなんて
自分的にはナイ話だけど
使えなかったら意味がないので購入した


次の日届いたは良いけれど
ケンチャンがいないので
自分で設置しないといけない

説明書を読んでみても
情報処理能力が乏しいため
何が何だかわからないけど
とりあえずやり始めてしまう性格なので
後先考えず広げてしまった

始めてみて気づく
設置が終わるまで父が一階のトイレに行けない
今日中にやらないと
明日にはもう寝込んでしまう
二階になんて 行ってくれるはずがない


ちょっと焦りながら
ひとつひとつ進めていったら
どうにかそれっぽくなってきた

閉じていた水道の元栓を開けてみて
トイレの様子を見に行くと
水道管とウォシュレットの接続部分から
ジャージャーと水が出ていた

トイレが詰まってあふれたわけじゃないし
とのんきに構えていると
トイレの外まで水があふれ出した

急いで元栓を閉めに行って
水浸しの床を山盛りのタオルで拭いて
水漏れの原因を突き止めて
ちゃんと使えるか確認して完了

自分でウォシュレットを設置できたなんて
小さく感動


想定外のトイレ掃除ができたし
これで父のおしりの助けになれば
がんばった甲斐があるってもの

ほんと私 がんばった
がんばってる がんばってる


2019年5月8日水曜日

5月8日




ケンチャンがまたすごい荷物を背負って
山に絵を描きに行ったので
10日ほど家で大人しくしていることになる

ユーチューブも飽きたし
庭がジャングル状態なので
草むしりを始めたら
これがけっこう楽しい

種が落ちたり
鳥が運んできたりして
いろんなところに生え始めている小さな木も
鎌を買ってきてバッサバッサと切る

スカッとしたり
こころが落ち着いたり
気持ち良かったりして
暇つぶしにもってこいだ

山に帰ったらこの調子で
畑仕事もできるかな
と妄想する
甘いかな


本をたくさん買っても
全然最後まで読めないし
興味があることも
とっても少ない

だけどまだやったことのないことを
見つけてやっていきたい
これからの自分に
できることってなんだろう

もうおばちゃんだから
これからは
家族の影響とか教育の影響とか
無意識のうちに受けていた影響だけでなく
何から影響を受けるかは
自分で選んで生きていけるんだもの
自分らしい方向を見出したいな



ケンチャンは着々と
ワイルドでマッチョな方向に
進んでいっている

今頃山の中で
ひとりニヤニヤしながら
絵を描いているのが目に浮かぶ


2019年5月5日日曜日

5月5日




父は去年の今頃からずっと
家が競売にかけられて売れてしまったので
出ていかなければならないという妄想の中にいる

始めの頃はとても焦っていたし
それは妄想だと言っても聞かないので
大丈夫だよ いざとなったら
山の家があるよ
となだめると
「京都なんて遠くて無理だよ〜」と
嘆いていた


ところがあまりにしつこく
立ち退きを命じられるらしく
もうここが自分の家だと思えなくなっていて
徐々に気持ちが山に向くようになっていった

今では自分から
「京都に引っ越そう」
と言うようになった

昨日も突然言い出したので
もうすっかり乗っかって
そうだよ もうその方向で進んでるよ
ケンチャンがキャンピングカーレンタルして
連れて行ってくれるから大丈夫
と言ったら
安心した顔で微笑んでいた


父は何かを感じ取ったのかな
確かにこの10日くらいの間に
私とケンチャンの気持ちは固まってきていた

山に帰るのは難しいと思ってた
でも難しいと思ってるのは
私の脳みそだけかも?と
やっとおなかに落ちて
できると思うことにした

急がず焦らず
でもこの1年くらいの間に
今だ!というときが来たら
私達は父を連れて
山に帰ることにした

どんな風に進んでいくかもわからないし
準備することもたくさんあるけど
目標が定まって
あとはそこに向かっていくだけ
やったるぞう!以外にない



村のおじいちゃん3人組の
ビデオレターが届いた

みんなもいろいろ
辛いこともあるのに
みんな良い笑顔で歌ってくれていた

御三方!
私 後悔したくないから帰るでーっ

今頃たくさんの鯉のぼりが
空を泳いでいるだろう大好きな村へ


2019年5月4日土曜日

5月4日




丸2日眠っていた父は
「一睡も寝れなかった。。」
と言って起きてきた

ずっと寝てたよ〜と言うと
「みんなそう言うよね。。」
と不服そう

そうか 寝れてたんだ〜
とホッとしたりはしない

こういうときは
そうかあ 辛かったね。。
と言ってあげたら良いのかな

頭ではそう思っても
きっと現実を理解できると
望みを捨てられなくて
父の望まないことを言っている


元々はいつも寡黙に微笑んでいた父が
認知症になってからは
何かと不調を訴えてくる

そのまんま過ぎかもしれないけど
ほんとうは辛いことがいっぱいあって
誰かにわかってほしかったのに
いつも言えなかったのかな
と解釈する

男は強くなきゃいけない
弱音なんて吐いてはいけない
とかいって育てられたのかな
母子家庭だったし
ばあちゃん恐かったみたいだから


いろんな父の思い込みの不調に対して
安心させたくて現実を伝えるのだけど
父にとってのほんとうのことは
父が味わっている現実なんだ

いつまでたっても慣れなくて
バチンとぶつかる度に悲しくなるけど
父の現実がうまい具合に
私の未来につながってることもある

父のトンチンカンな現実を
私の現実にしてしまおう

ボジティブにいこう〜


2019年5月2日木曜日

5月2日




ニコニコのあの子が
ポジティブにいこう〜
と言った

ニコニコのあの子は
こころがパッカーンと開いたと
手のひらを開いてみせた

ニコニコのあの子は
まあるくふくらんだおなかを
幸せそうに撫でていた

ニコニコのあの子と
ニコニコのあの子が
もうすぐ出会えることになっているのは
あなただったんだと気づいた瞬間
ニコニコがパンと弾けて倍になった


小学生の夏休みの
田舎で見た木洩れ陽の記憶みたいな音の中で
大好きなニコニコと
大好きなニコニコが
関係性を持つこと

それは喜びだと気づかせてもらった

外の景色が移り変わっても
内がぐらぐらと揺れ動いても
中心はずっとここにいたいな



家に帰ると父は
弟家族の賑やかな声の中で
ぐっすりと眠り込んでいた

きっと誰もいなくて静かより
安心して眠れるのだろうなと思った


2019年4月29日月曜日

4月29日




父がおなかを壊している

5日間ほど下していて
良くなったと思ったら
また同じような感じでもう3日くらい

自分のからだじゃないから
良くわからなくて気になるけど
おなかが痛かったり
嘔吐したりしてるわけではなく
もう少し様子を見ると本人が言うので
そうすることにしてみている


認知症のひとの便秘が改善されると
症状が緩和されるようで
父もおなかはそんなだけど
けっこう普通に意志の疎通ができていて
良い感じでもある

平成最後に腸を一掃して
新たな時代を迎えるつもりかな


私は新しい時代を
ザギンで迎えることになるとは
思ってもみなかった

うれしい導き
めっちゃ楽しみ


2019年4月28日日曜日

4月28日




全部全部自然

全ては自然の営みの中


できること精一杯やって
あとは待つ

ちゃんと見えてくる
自然が見せてくれる


見えてくるまでが
苦しい
苦しい
私には楽しめない

でもそれでいいのだ
然るべきときに
見せてもらえれば


自然だったんだ
いつも一緒にいてくれるのは


2019年4月27日土曜日

4月27日




ゴールデンウィークに突入したみたい

Karuna のマフィンを送ってもらい
おうち de GW も
楽しく過ごそうと思う

雨だったり寒かったりするけど
おいしいものの助けと
気の持ちようでひるがえす
  


母が読んでた本を捨てようと思い
整理していたら
また母のブツブツノートが出てきた

これで多分 10冊くらいになる

母はノートに日頃の辛さやウップンを書き出して
スッキリしていたようだけど
最近よく聞く「願い事を紙に書くと叶う」
という視点から見て考えると
ウップンを書き溜めたものを大事に持っていて
時々引っ張り出して見るなんてのは
どうにも解消されるようには思えない

母はずーっと苦しんでいたから
その方法はあんまりお勧めできない

私も気をつけようと思う
フフフ


2019年4月25日木曜日

4月25日




父が誰かと話している

ときには楽しそうに

ときには困ってそうに

ときには怒ってそうに


いつも誰かが側にいるようで
寂しそうでないのが良い

私は小さい頃からずっと
父がひとりでいるのが
なぜだかとてもかわいそうだったから


小学校の夏休みや冬休み
家族で両親の田舎の長野に帰るのだけど
いつも父は仕事があるので
母と弟と私は
先に田舎に帰って
父がお盆やお正月に
仕事を終えて後から来るのを待った

いつも私は
父が家にひとりでいるのを
想像してはかわいそうだと思った

父がひとりでいて寂しかったのかどうかは
今でもわからないのだけど


父がひとりだと寂しいと思うのは
私の勝手な思い込みかもしれない

もちろんみんな
ひとりだと寂しいけど
私が思ってるほどかどうかはわからない

父はその頃も今も
いつも誰かが側にいて
寂しいと思う暇なんて
ないのかもしれない


私はその私のものの見方を
一度洗い流して
クリアなレンズで見れるようになりたい

それは父のためでもあり
自分のために


2019年4月23日火曜日

4月23日




八方塞がりになったとしても
上にジャンプするか
下に潜ったら良いのだよな

まだまだ全然
塞がってないのだけど
今のこの固まった状況から
どうにか動き出せないかと思ったら
上に飛ぶことを思いついた


難しいチャレンジのようで
そうでもないのかもしれない
やってみないとわからない

苦しくてもがいてるより
失敗してもいいから
やってみる方が楽しそう


やるぞう
やるぞうー!


今日の passion 覚書


2019年4月21日日曜日

4月21日




3日間
田舎で静かな時間を過ごせさせてもらって
父とケンチャンと弟の
男3人暮らしも大成功

みんなの協力なくては
リフレッシュできなくなった今だけど
その協力がありがたくて
そんな時間の作り方も良いものだと思った




家に戻ると
また楽しいお知らせがひとつ

東京の Karuna のブログができました◯

そうだった
おいしいおやつの時間が過ごせるのは
白山湯の隣→♨︎


2019年4月15日月曜日

4月15日




今日は父の介護保険の更新で
認定調査の調査員の方が来てくれた


いろいろ聞いてもらって
「聞けば聞くほど大変そうですね〜〜」
と言われ
「そんなに大変じゃないんだけど
すっごく大変なんです」
と答えたくなる

もっともっともーーっと大変な
介護をしているひとたちが
たくさんいるのを知っている
だからそんなに大変じゃない

でも私のレベルでは
もうギリギリに近いくらい
大変になっている

だから大変そうと言ってもらえて
ちょっとホッとする自分がいた



最後に父への質問の時間

今日はサイクルの中では
一番ふつうの日なので
父は元気に質問に答え
言われた通りにからだを動かしてみせた

調査員さんと楽しそうに話しながら
ここぞとばかりにポロリポロリと
娘に対する不満を漏らす

私はいつもケンチャンに
介護の苦労を聞いてもらっているけど
父は娘への不満を言いたくても
言える相手がいないから
やっぱりヘルパーさんに来てもらえたら
良い話し相手になってもらえるだろうな


明後日から初めて
父をケンチャンにお任せして
3泊ほど出かけてくる

これからちょっとずつ
娘離れしてもらえるように
いろいろ試みてみようと思う


2019年4月14日日曜日

4月14日




新芽が明るい大きな木が出迎える
魅惑的な入り口のおうち

高台の縁側からは
やっぱり家しか見えなさそうだけど
風通しは良さそう

洗濯物がかわいく干してあった




父がレビー小体型認知症の治療を始めて
ちょうど一年たった

言い直せば 治療ではない
進行をゆっくりにして
穏やかに過ごせる時間を長くする
ということらしい


確かに父の症状は
あまり変わっていない

進行したと思われる部分もあるけど
前より改善された部分もあるし
日によっても違うし
毎日毎日同じようで違うようで
よくわからない

これで良いと思ったら良いのか
もっと他の治療にチャレンジしてみるべきなのか
考えだすと 何が何だかわからない

父とはいえ 自分ではないから
他人をコントロールする頭脳とエネルギーは
私は持ち合わせていなくて

だから考えないでいると
目の前で起こることに
イライラしたり 動揺したりして
消耗して 疲れてしまう


晴れた空には月が出ていたり
雲がたゆたっていたり
ブラックホールが見れたりするのに

最近またギュッとなっているな

ってことは
そろそろ自然とパーッとなるかしらん



2019年4月8日月曜日

4月8日




今日はお知らせ


私が karuna というパン屋さんだった頃
名付けの親夫婦がいたのだけど
そのご夫婦が東京で
karuna を始めることになりました

東京の karuna では
ご主人のとうあさんが淹れる
ケンチャン直伝のコーヒーと
奥さまのもっちゃんが作る
米粉のおやつが絶品


とうあさんのコーヒーはとてもまろやか
山の湧き水で淹れる
ケンチャンのコーヒーを思い出させてくれます
角のない まあるい味なのが
コーヒーを飲まない私にもわかります

もっちゃんの米粉のおやつたちは
素朴なやさしさと濃厚さのバランスが絶妙
しっかり満足させてくれて
私は何度も味見をさせてもらっているけど
いつもケンチャンはほとんどありつけず
逆に夜中に父に盗まれたりしながら
ほんとうにもし近くにお店があったら
しょっちゅう通いたいおいしさです

そしてそのおいしいものたちと同じくらいに
ふたりの人柄がまんまるです


小石川植物園のすぐ近く

お近くの方も 遥々の方も
是非のんびりしに行ってみてください




karuna カルナー

東京都文京区白山2−7−2
03−3811−7527

営業時間  11時〜18時
4月の定休日  月・火・水
(14日(日)はお休み)


2019年4月7日日曜日

4月7日




ニューヨークの空で光る星から
メッセージが届いた



30年前に
高校のクラスメイトが
ロバートデニーロに手紙を書いたら
返事が来たと騒いでいた

すごいなー以上に
熟年好みなんだなー
と そして
書いてみたら返事って
来るもんなんだなーと思ったりしてた


30年後の今は
いろんな交流手段があるので
遠くにいるスターも
すごく近くに感じられるようになった

私は普段
そういうことはしないけど
感じるものがあり
メッセージを送ってみたら
1ヶ月半後の今日
返事が届いた

あまりにもいつも通りな感じで
iPadの着信音と共に届いたので
自分でも不思議なくらいに動揺はなく
他の友達と同じように
近くに感じた


そのひとは
ただひたすらに私に
喜びのエナジーを送ってくれた

父のことも書いたからか
友達みたいに励ましてくれた

そういうひとたちは
それぞれの何かを燃やして
光ってるから
自然と周りを照らすのかな
と思った


2019年4月6日土曜日

4月6日




元気元気になってきたと思っていた父

元気元気のピークに寒空の下
久しぶりに近所をウロウロ徘徊してから
ガタッと元気がなくなった

それは日本中が
ググッと寒くなった時期とも重なった

少しずつ暖かくなってきたので
また元気も戻ってくると良いのだけど



おかゆを含めた
お米が食べられない

味噌汁が嫌いになり
ポタージュスープも喉に詰まると訴える

野菜も肉も魚も
見た目のイメージで受け付けない


毎日パンとヨーグルトとか
フルーツとかナッツとかを
かろうじて食べている

この一年飲んできた自家製野菜ジュースと
プロテインが命綱


世の中にはいろんな環境で生きてる人がいて
思うようにごはんが食べれない人がたくさんいたり
からだのことは特に考えずに
好きなものを食べてる人もいる

どのように食べていても
健康な人も不健康な人もいて
ひとりひとりがそれぞれ違うので
正解はそのひとそれぞれの中にある

父の食生活が
今の父にとっての正解なのなら良いのにと
祈りと諦めが入り混じる


2019年4月3日水曜日

4月3日




4月になって
苦しさが通り過ぎたら
気持ちが前を向きだした

接するひとも
前向きなひとばかりで
インスピレーションを受けまくる



父の介護生活も
新しく動き出した

苦しかったことが良いきっかけになり
介護サービスを受けることにした

この一年も
ひとりで抱え込むつもりはなかったのだけど
意思の疎通がうまくいかず
望むサービスが受けられていなかった

というか 望むサービスがなんなのかも
何もかもがわからなかった


やっと このままじゃ嫌だ!
という気持ちが湧いてきたので
一回ひっくり返して
新たに構築してもらうことにした

勉強の始まりだ

それにしても
質問を考えるって
頭使うんだな〜〜


2019年4月1日月曜日

4月1日




3月の最後のほうは
やさしさどころか
笑えなくなっていた

いつもの父のちんぷんかんぷんを
笑い飛ばしてネタにしてきたのに


自分の父親が
早朝からうーんうーんと
唸っているのを聞いて
見に行ってみると
私の顔を見るなり
「俺たち 凍っちゃった
死んじゃってもう息してないよ」
なんて苦しそうな顔をして言うのを聞いて
笑い飛ばすことも
寄り添ってあげることもできず
受け入れられなかった

はあ!?
何言ってんだよトーチャン
しっかりしてくれよ!
としか思えなくなっていた


1年経って
同じようなことが繰り返されて
慣れていくのかと思っていたら
小さなストレスが積もって固まって
盛り盛りになって
受け皿に盛りきれなくなっていた

このお皿に
盛りつけ過ぎないように
余白を作っておかないと
盛りきれなくて食べないといけなくなるので
おなかいっぱいで
笑えないくらい苦しくなるので
気をつけないといけない

お皿の上の盛りつけを
楽しむくらいのゆとりがないと


だって「凍っちゃった」なんて言う父を
そんな面白いこと笑えないなんて
自分がなんかおかしいって
私だったら思うな



2019年3月31日日曜日

3月31日




今日は西からたくさんのやさしさが届き
自分がやさしさを忘れていたことに気づく

というか
やさしさが湧いてこなくなっていた

みんなのおかげで少し
やさしさを充電できた気がする



春は芽吹きで
いろんな症状も吹き出てくるから
父も私も吹き出まくっている

こんなときは無理をせずに
少し距離を置くことにしてみる

トゲトゲが近づき合っても
痛いだけ



久しぶりに
大好きなチョコミントのアイスを食べた

なんかおなかがスースーして落ち着かない

世の中もそんな感じなのかな


2019年3月29日金曜日

3月29日




急に寒くなって
不調を訴えまくる父

確かに辛いのだと思うけど
もう不調の訴えを聞きすぎていて
またか と笑いたくなる

狼少年みたいになっちゃうよ
と言ってるのだけど
そんなつもりもないのだろう


父の言うことをそのまま受け取ってると
矛盾だらけでこころが掻き乱される

本人はそのときそのとき感じることを
ただ口にしているだけなので
矛盾が生じていることなんて
全く気づいていないのだから
こちらもそのまま受け取らないようにしないと
イライラしたり 傷ついたりして
必要のないストレスをためることになる

それでもなかなか
そのまま受け取らない というのが
難しくてダメージを受ける

これができるようになったら
誰に対しても寛容になれるのだろうな
すごい修行だな と思う


「今日はごはん 食べれないと思うよ」
と聞かされて
何度もりもり食べる姿を見てきたことか

もう「食べれない」なんて
言わなければいいのに
と思うけど
食べ始めるまで
「食べれない」と思ってしまうのは
ほんとうの気持ちだろうし
「食べれない」と言って
自分の不調を訴えたい気持ちも
わからないこともない

かと言って
ほんとうに食べれない日もあるから
どうせ食べれるだろ とたくさん出すと
まるまる残されてしまうときもあって切ない

食べ物以外にも
そういうことがたくさんあって
もうツッコミを入れるのも疲れた
私はボケの方が得意なんだから



天気予報士になったら
メンタル強くなるのだろうな

どうやったって 予報通りの日もあれば
そうでない日もある

それでも全国民に
発表しなければならない

ときには予報が外れて
ブーブー言われても
申し訳ないなんて言わず
どうどうとしていたら良いのだと思うし

メンタル強くなりたいな


2019年3月25日月曜日

3月25日




ぼさぼさぐちゃぐちゃの
猫の額ほどの庭に
今年の春はたくさん花が咲いている

去年の秋に
庭の手入れをしてもらったから
種がまんべんなく撒き散らされたかな



先日古い友達に会ってきた

同い年のいとこと
その友達と
とても若い頃 よく遊んだ

こころに思うことを
全て口に出し
欲望のままに行動していた

それが当たり前に育ったので
湘南から外に出てみると
外では多くの人が
そんな風に生きていないことを知った

世代でも全然違かった
生きてきた時代が違うのだった

いろんな土地で
いろんな世代と関わったことで
自然と私の価値観は変わっていった


久しぶりに3人で会ったら
タイムスリップして
とても若かった頃のままに
思うままに全てを口に出す

まるであの頃と
全然変わってないかのようだったけど
今はまあまあ若い くらいなので
発言に拍車がかかり
あれが言えるのは
やっぱりもうそんなに若くない
からこそなのかなあと思う

久しぶりの私には
少々衝撃的ではあったけど
あの場はお互いの全てを受け流す空間
だったんだなあと
後から希少価値を感じて
友達っていいなと思った


2019年3月22日金曜日

3月22日




今日の父は完璧


昨日の夜中までうろうろして
ケンチャンにコーヒー淹れてもらって
幻視のお客さんの接待までして
ほとんど寝てなくて
疲れていたにも関わらず

朝ごはんを食べた後
2週間ぶりにお風呂に入り
そのまま寝てしまうかと思ったら
お昼も食欲があると言って
しっかり食べて

そのまま寝てしまうかと思ったら
床屋さんに行くと言い出して
伸び放題の髪も髭も
3ヶ月ぶりにサッパリ10歳若返り

もうそのまま寝てしまうかと思ったら
パジャマに着替えて
夜ごはんもギリギリ食べれて

さすがに寝てしまうかと思ったら
歯も磨いて
トイレにも行って
美しく一日を終えた


美しく終えたのだから
早く寝てほしいのだけど
なかなか寝れないみたいで
まだ暗闇で誰かとしゃべってるけど

明日は正反対の一日になりそう


2019年3月21日木曜日

3月21日




月曜日
久しぶりに晴れてる海に行った


今日は木曜日
雨が降ったり曇ったり
強風が吹いたと思ったら
お陽さまが差して

久しぶりに父も
うろうろと歩き回る

クッションに英語で話しかける
今日はイギリス人のお客さんだそう


出かけなきゃいけないと
着替えようとするので
お風呂に入ってからだよ!
と言ったら
出かけなくて良いように
クッションに一生懸命説得していた

説得が効いたようで
家にいて良いことになったようだけど
ずっと家の中を
うろうろと歩き回っている

ごはんもろくに食べないし
夜にはくたくただろうな


また晴れ間が差してきたし
ちょっと外に出てきたら
気が済むのかもしれない

去年の今頃は
父が外に出てしまうのが怖くて
そしてめんどくさくて仕方がなかったけど
父は今のところ大丈夫 と
根拠のない自信がついているから不思議

あ そう書いた途端に
自信がなくなるのも不思議


2019年3月17日日曜日

3月17日




山にいた頃は
ゆっくり鏡を見る時間もなく
鎌倉に帰ってきて
ようく自分の顔を見てみると
点々だらけで
すごいことになっている

正確には
ようく鏡を見たのなんて
中学生以来くらいかもしれない

自分の顔なんて
ようく覗き込んでこなかったから
人の顔もよく見ていなかった

自分の顔のすごさと
人とを比べたことなどなかった


もう手遅れなので
受け入れる方向しか選択肢にない

国が違えば
なんてことはない
顔の模様みたいなもの



父は相手の気持ちなんて考えずに
そのとき思ったことを口に出すと
いちいち私が傷ついて
わんわんとうるさいので
困ってると思う

本人は傷つけるつもりも
意地悪言ってるつもりもないのだから

最近私はなんでもかんでも
気にくわないこと言われると
全部父のせいにしたくなる病気にかかっている

父が生きてる限り
娘はずっと甘えん坊なのだと
今日のところは
開き直ることにする


2019年3月15日金曜日

3月15日




父の寝床がまた代わり
リビングの隣の
元々母が寝ていた部屋になった

これで三部屋目


一部屋目は電車のホームになっているようで
寝てるといろんな場所に連れていかれるので
疲れるから嫌だ と移動

二部屋目は虫とホコリの幻視がすごいらしく
気持ち悪くて寝てられない と移動

三部屋目は長続きしてくれるといいな


父の新しい部屋は
リビングの音が筒抜けなので
父が寝てるときは
あまり音を立てないように
気をつけてるのだけど
ケンチャンは鉄筋コンクリートの
それもドアもあまりない家で育ったので
音に気をつける習慣がなかったようで

その上ケンチャンは響く声でもあり
そして父がいることを忘れてしまうようで
なかなかのボリュームで
「スミマセーン!」とか言うので
父には私の声は聞こえず
ケンチャンがひとりでしゃべってると
勘違いするんじゃないかな
と想像すると
ひとりで声を殺して笑ってしまう


まあ だいぶ耳が遠くなってるから
あんまり聞こえてないのだとも思う