2018年4月20日金曜日

4月20日



昨日に引き続き  今日も一日
父は戻ってきてくれなかった

父が言うところの
「あっち側」に行ってしまった

説明しても  からかっても
祈ってみても  だめだった


私は  父を  ちゃんと
信じられていないのかもしれない

本当のところ
どうなっても良いのかも
もう投げやりだ

父の人生は
父の思うように
歩いていくしかないんだもの



今日は昨日の続きで
友達に会いに行った後
腰越の海を歩いてみた

太陽に照らされていたら
そうか  暗〜い状況だからこそ
いかに明るくいるか
が重要なのだ
と閃めいた


2018年4月19日木曜日

4月19日



もうすぐケンチャンが
2週間京都に帰るので
いろいろやっとかなきゃと
今日はお香典返しを積み込んで
母の妹のおばちゃんちに行ったり
いとことお昼を一緒に食べたり
すごく久しぶりに
友達のお母さんと話したりと
いっぱい笑って
楽しかった

最近は  いろんな人に会って
いろんな話をしていると
いろんな影響を受けて
内側が広がる気がする
誰と話していてもうれしい


家に帰ったら
また父が大変そうだったけど
父を信じて
なるべくどーんと構えているようにする

ちゃんと帰って来てくれると信じて


2018年4月16日月曜日

4月16日



今日は母の四十九日

昨日まで寝込んでいた父は
今日は朝から元気元気で
床屋に行く!と言う

朝ごはんをしっかり食べて
床屋でさっぱりして
お昼もしっかり食べて
昼寝しても
いつもなら撃沈するパターンに見えて
撃沈しなかった父
できるじゃん


弟家族もやってきて
ちょうど産まれて1ヶ月の赤ちゃん
初めまして
小さくてすごくかわいい

3人の子ども達
みんな同じような顔をしてて
すごくかわいく見えるのは
やっぱりオババカなのかな


ずっと白ばかりだったけど
今日はピンクがいっぱいのお花を飾って
みんなでお寿司を食べた

父もかろうじて食べれた
これは最近ではすごいこと


ちょうど4月の真ん中らしい
爽やかで気持ちのいいお天気の日だった

母に会いたくなるけど
もう淋しくない
みんなが前を向いているのがわかった


四十九日は良くできているって
誰かが言ってたの
なるほどな  となる

霊がどうとかっていうのも
あるのかもしれないけど
残された者に対する
これも先人の知恵なのかもしれない


2018年4月14日土曜日

4月14日



昨日
居間のソファーで昼寝していた父が
突然泣きながら謝りだした

いつも夢と現実がごちゃまぜになってしまうのだけど
言ってることを聞いてると
どうやら今の状況について謝っているような
いないような


自分がだらしないから
病気も治しきれなくて
取り返しのつかないことをしてしまった
みんなに謝らなきゃ  と
ケンチャンにも謝り
母にもお線香をあげて謝った

父が泣いてるのを初めて見た


やっと私達が
山の家を泣く泣く離れ
ここにいるということが
どういうことなのかを
わかってくれたのかな

母と違って
父はそのことについて
一切配慮を見せず
私達がここにいるのは
当たり前のように思っているようだったから

と一瞬思ったけど

なんだかやっぱり寝ぼけてるみたいな
妄想の延長みたいな感じなので
どうせ謝るなら
もっとクリアな時にやってくれよ
とツッコミたくなった  笑


今日目が覚めても
その気持ちを覚えててほしいけど
まあ期待しないでおこう


2018年4月12日木曜日

4月12日



今日はパンの記念日だそう

だからというわけではないけれど
2000年からずっとパンがお世話になっていた
東京のレストランにやっとご挨拶に行けた

私のパン人生は
今と同様に不安定だったけど
元カフェエイト  現在エイタブリッシュは
ずっとずっとそんな私のパンと
根気良くお付き合いしてくれた

突然終わりになってしまったけど
いつでもまた始められるように
いろいろ考えてくれているのが
本当にありがたい

エイタブリッシュオリジナルマイヨーネが
食べれる日が来たらうれしいな


それにしても
朝から夜まで出かけたのは
鎌倉に戻ってからの4ヶ月で
今日が初めてのこと

それも東京なんて
行く前からソワソワドキドキで
電車に揺られてたら腰痛になり
表参道を歩いてたら人に酔い
久しぶりの外食も胃にもたれ
なかなか刺激的だったけど
久しぶりの人達とゆっくり話せて
とても良い気分転換になった


父とケンチャンも
元気に待っていてくれて
それが何よりうれしかった

やっぱり私には
パンの神様がついているんだ


2018年4月11日水曜日

4月11日



せっかく治療が始まったのに
その治療すら嫌がる父

不快な症状が全部
薬の副作用だと思ってしまう

ちゃんと話を聞いていないと
乗せられそうになるけど
ようく聞いていると
ほとんどの症状が  副作用ではなく
まだ効いていないんだ
ということがわかる

目先の不快感に反応して
目的を忘れてしまう


うーん  わかるけど
自分もその質があるけど
親とはいえ他人のそういうのを
理解させて思い出させるのは
なかなかの労力だ

労力だと思うと
それだけで疲れてくるから
父を通して自分のためにやっていると
思えるようになったら
お互いにとって良いのかな


毎日手探りで草をかき分け
次にどんな景色が見えてくるのか
どきどきしてる感じにもう疲れた

もっと高いところから見れたら
遠くまで見渡せて
いちいち感情に振り回されなくなるのに

どうやって見るんだったっけ?
忘れちゃった〜〜


2018年4月10日火曜日

4月10日



いつまでたっても何やってても
自信がない私

いろんなことのネックになっているのは
その自信のなさからくるのだと
最近感じ始めている

どうやったら自信がつくのか
インターネットで調べてみたりしたけど
反発心が強く  あまのじゃくなので
いろいろ素直に取り入れられない


最近近くの公園まで散歩するようにしていて
小さな公園の芝生の上を
裸足で歩いてみたり
木にさわったりして
街の中でも自然を感じたら良いんだと
山の中で鹿や猪と暮らしてた時の感覚を
思い出そうとしてみたりしてた

そうしていたら
自分がどうやったら自信が持てるか
わかったような気がした

何をやるかは
人それぞれなんだと思う


ともあれ
やっぱりコツコツやるしかないんだな

どこにいても誰といても
やることは同じ


2018年4月8日日曜日

4月8日



父が  ピーナッツが食べたいと言ったので
とっておきのピーナッツの
殻を割って出して
ちょうど寒かったので  ストーブの上で
フライパンで炒っていたら
「良い景色だね」
と言った


そうだよね
豊かだよね
こんな風に
ひとつひとつをていねいに暮らしたい


炒りたてのピーナッツ
とってもおいしかった

楽しみにしていた父は
喉に残って苦しいと


いつもモドカシイのが
我が家の日常


2018年4月5日木曜日

4月5日



自分のことも  ちゃんと労らなきゃ〜と
遊んできたのはいいけれど
私がいないと不安になり
帰ってこないと心配してしまう父は
すっかり様子がおかしくなってしまった

また戻るのはわかっているんだけど
昼も夜も不安定で
ずっと眠れない父を見ていると
なんとも切なくなる


今日も明日も  出かける予定あるの?
と聞いてくる
なんにもないよ
と言うと  良かった〜  って

依存されると
辛いのは父の方だから
依存させずに安心させるには
どうしたらいいのかな

今の父相手では
すんごく難しい課題だな


父がどんななってても
気にせず遊べる図太さを養うか

それとも家にいて
ひとり遊びがめっちゃ楽しい!
みたいになれればいいのかな

どっちも偏ってる感あり

思うままに生きていた頃が懐かしい


2018年4月3日火曜日

4月3日



今日は元気な父

仕事のメールのやり取りを
たまたま私に見せてきたので
ちょっと読んでみたら
私のことが書いてあった

とても傷つく冗談だった

悲しくて泣いたら
謝ってくれた



私は頑張り過ぎてると思った

頑張り過ぎてるから
傷つくのだな


もう少しゆるめなきゃ

ケンチャンに父を任せて
遊びに行っちゃおう


2018年4月1日日曜日

4月1日



今日は寝たきりの父

薬を飲み始めたからって
そうそう簡単回復するわけではないのだけど
早く解放されたい本人は
いろんな戸惑いを生み出し始める

それを聞いているのは大変
はっきり言ってとてもウザい

私の中からも
いろんな汚濁が湧き出し始め
そんな自分に気づくと辛くなる


居間でひとり
鉄拳さんのパラパラ漫画を観て
初心に帰ろう  と思い
「お父さんは愛の人」という動画を観ていたら
いとも簡単に初心に帰れた

父の様子を見に行ったら
辛そうにベッドで寝ているのに
私の顔を見て
「今日  良い顔してるね」
と嬉しそうな笑顔で言った

また泣きそうになった




因みに
鉄拳さんの「約束」の音楽は
特にいい!


2018年3月31日土曜日

3月31日



昨日とうとう父は
専門のお医者さんにかかってくれた

ちょっとぐずったけど
自分から行く気になってくれた


先生は  娘さんは黙ってて  と言って
まずは父からじっくり話しを聞いてくれた

父はそれだけで
随分からだが楽になったと言った


帰りはケンチャンと3人で
桜を見て帰った

満開の桜を
3人で見れるとは思ってなかったので
ご褒美みたいだった


家に帰る頃には
父は疲れてしまっていたけど
やっぱり先生に出会えたことは
良かったことだと振り返っていた

今日から治療が始まる


2018年3月29日木曜日

3月29日



私は15年間
地元を離れ
好き勝手やっていたにもかかわらず
戻って来た私を
あったかーくまた受け入れてくれる友達が
本当にありがたい

こころの中で
いつもくだらない不満を抱えている自分としては
みんなは尊敬するに等しい


お父さんやお母さんになった人の
抱擁力に圧倒されて
親ってやっぱりすごいなと思ったり

ひとりでがんばってる人が
ゴールを見つけて前に進もうとする力も目覚ましい


変わらず一緒に笑えるけど
それぞれしっかりとここで
積み重ねてきたものがある

私もまたここで
見えてくる景色や
通り過ぎていく粒子や
温度や感触や
ここならではの思想を
感じて身につけて
いつかまた山に帰るときに
村の人達と静かに共有できたらいい



ご機嫌だった父は一転してここ数日
何を言っても不満で返してくるチャンネルに切り替わった

こういう時は
私は父の子なのだと痛感する

父が何を言ってきても
平気でいられるようになったら
誰に何を言われても大丈夫な強さが備わる  と
信じて今日も  こころの筋トレをがんばる


2018年3月27日火曜日

3月27日



母の遺影は10年くらい前の写真なので
お線香をあげに来てくださる人達はみんな
若い!いつの写真!?となる

最近の写真は
老眼鏡をかけているものばかりで
母らしくないと
父が却下したのが大きな理由

いとこの結婚式の時のもので
お化粧もしていたし
なかなか美人に写ってる


父は時々しか居間に降りて来れないので
3日ぶりくらいに遺影を見て
何やらごちゃごちゃ話しかけていた

どうやら  高校生のときと
同じ顔をしている  とのこと

高校を卒業して
上京するまでの間に
ふたりで行った善光寺での出来事を
うれしそうに話してくれた


十代でデートに善光寺とは

うちの村のおじいちゃん達のデートは
栗畑だったって言ってたのを思い出した

かわいいな




母が亡くなって
今日で1ヶ月

まだ1ヶ月
最近時間が経つのが遅いなあ


3月26日



朝からご機嫌な父

時々やって来る元気な日は
ポジティブな言葉がたくさん出てくる

今日は庭に出て「最高!」を連発
春の陽気で気持ち良い

お昼は麻婆豆腐だよーと言ったら
いいね〜  なんて言う

母の残した相続金の
ゼロをひとつ読み間違えてたことがわかり
ごめんね〜と言ったら笑ってた

わかったのが今日で良かった!



今日は群馬に住むパン教室の生徒さんが
用事でこちらに来ていて
シュトレンを渡したいと連絡をくれたので
鎌倉山をお花見ドライブした

春のシュトレン
とってもおいしかったな

かわいいお子さん3人も連れて
ちょっと移動するだけでもたーいへんなのに
気持ちがとてもうれしい


ちょうど数日前に荷物の整理で
いただいた年賀状を読み返していて
赤ちゃんを抱っこして
パン教室に参加してくれていたことを思い出して
大きくなったな〜〜と思っていたところだった

習うより食べろな人ばかりの私のパン教室で
習ったシュトレンをすぐにおさらいして
食べさせてくれた唯一の生徒さんだった

みんなでパンの成形しながら
美穂さんのやり方は  難しいですよ〜〜
なんて言ってくる純粋なかわいさが
こころにずっと残ってた

一緒に桜が見れて
とてもうれしかった


2018年3月24日土曜日

3月24日



ここのところ  弟家族も含め
お客さんが続くと
みんな何かしらのお土産を持ってきてくれて
お土産好きとしては
とてもうれしい

おいしいものは大好きだけど
物に限らず  考え方とか
それはメールや
お便りなどでも
いろいろ受け取るものがある


山の家は自然がいっぱいで
静けさの中にいながら
こころもからだもせかせかと
慌ただしく生活していた

パン職人として
お店屋さんの店員として
そして村人として
ものすごく慌ただしく
受け取ったものを
ゆっくり味わう時間がなかったように思う

噛まずに喉に流し込むように
おなかだけ膨らまして
吸収したような気になって

それでも栄養になっていたけど
どんな味だったかは心に残らず
おいしかったよー  しか言えない
みたいな


今  私の生活は  とてもシンプルになり
ごはんを作る時間が来るのを待つような日々で
違う味を味わえることがチャンスとして
とても新鮮にこころに染み込んでくる

きっと前にも味わったことがあるかもしれないけど
今はゆっくり噛んで
脳に伝達させて
記憶に刻み込んで
飲み込むだけの時間がある

みんないろんなお土産を届けてくれるから
様々なその時間がとてもありがたい

そしてそれが  様々なようで
なかなか共通した
自分好みの味であることもありがたい


これからどうなっていくのかな
と思うとき
自分が何をしたいのか
と考えるとき
どちらも今の私が生きる状況は
先が見えて来なすぎて
不安に思ったときもあったけど

いろんなお土産を食べていたら
味の向こう側が見えてきた

何者でもない者になる

目指す頂点が見えたら
足が軽くなった


2018年3月21日水曜日

3月21日



昨日は友達が
母にお花を持って来てくれた

野に咲くお花のように
慎ましく華やかに生きる人

おいしいお菓子を作ってきてくれて
父にあげたら  喜んで食べていた

お菓子が好きな父に
私も自分で作ったものを
食べてもらったら良いんだなと思った


お花をいただくと
枯れていくので
きれいなのを残して
活け直すのが楽しかったり

少しずつ創作意欲が湧いてくる

そういう意欲を
お花みたいに活動してる親しい人達のように
私もいつか  活用していけたらいいなと思った



そして昨日
ケンチャンが帰ってきた

夜に出て  下道を休み休み
途中で車が止まっちゃったり
ケンチャンらしい感じで帰ってきた


創作  といえばケンチャン

ケンチャンも発揮できる春になればいいな


2018年3月18日日曜日

3月18日



庭の水仙の花が咲いた

父が見つけて
「水仙が咲いたよ〜」と
母の写真に向かって
嬉しそうに笑って言った


父が元気な日は居間にいて
いつも母の写真と向かい合って
ごはんを食べたり
お茶を飲んだり

父の椅子からはいつも
母の写真が見える


父は全然淋しくなさそうだ

よくしゃべるから
また生まれ変わっても
周りの人としゃべってるでしょ
と言った

四十九日まで  うちにいると思う?
と聞いたら
もういないと思う
と言った

私ももういないと思う

どこに行ったのかは
全くわからないけど
どこかでしゃべりながら産まれてきた赤ちゃんがいたら
うちの母かもしれない



先程
弟の3人目(6人目)の赤ちゃんが産まれた

元気な男の子

しゃべってはいなかったみたい


2018年3月17日土曜日

3月17日



一昨日めちゃめちゃ元気だった父

いつものように
夕方から疲れてきて
夜ごはんが食べれなくなる

いつものパターンで昨日は
丸一日眠り続けた


珍しく  いびきをぐーぐーかいて
午前中に5回  部屋をのぞいたけど
いつまでたっても起きず
2時頃にようやっと起きてくれて
軽くごはんを食べて
そのまままた今朝まで眠り続けた


からだが楽だと
良い気分なんだろうな

いつもやりたくてもできないことを
ここぞとばかりにやろうとしちゃうんだろうな

喉も苦しくなくて
気兼ねなく食べれるんだろうな

外の空気も気持ち良く感じられて
もっともっとと散歩の距離を
伸ばしてしまうんだろうな

もっと元気になろうと
自分にとって良いと思うことを
せっせとやろうとするんだろうな


そうやって  やることなすこと全部が
父を疲れさせてしまうんだろうな

からだが楽で喜んだ分
動けなくなる自分に
がっかりしてしまうんだろうな



そうは言ってもそんな日々でもう3ヶ月
大分サイクルがわかってきた

元気な日は  父と顔を合わせて
明日は寝込むかね〜〜  なんて
言えるようになってきた

そろそろジョークになってほしいけど

桜はまだかいな


2018年3月16日金曜日

3月16日



ケンチャンは
身の回りのもの全て片付けて
いつ帰ってくるかも
帰ってくるかさえもわからない
と言って出ていってしまったので
とてもこわかった

母が亡くなり
父が病気でも
どんなに辛くても
関わってくれる人に対する思いやりを
忘れてはいけないことを知った


私は不幸を盾に
感情を赴くままに振りかざしていた

感情的にならないように  大人しくしてても
静かに感情に流されていたんだな


反省しつつ
未来を思うとこわかった
一生懸命前を向こうと必死になっていたら
ケンチャンから電話があって
来週には帰ってきてくれると言った

ツッコミ入れたい気持ちもありつつ
はあ〜  良かった!

しっかり休憩してきてね




昨日の父は
寝不足だから余計なのか
それとも私を気遣ってか
朝から元気で
久しぶりにもかかわらず
2回も散歩に行き
超久しぶりにビールを飲んで
ごはんもしっかり食べて
母にお線香を上げに来てくださった方と
お話も楽しんだ

父はその方に
「健康が一番大事」
と言った

父はまだまだ生きると思う

本当の健康を
取り戻してほしいと
こころから願う

今は父とふたりの時間を
ゆっくり楽しもうと思った


2018年3月15日木曜日

3月15日



母が亡くなって  2週間が経った

ここまで来るのに
すごく寂しい日があって
ケンチャンに慰めてもらいながら
きっとケンチャンがいなくなったら
同じくらい寂しいんだろうなって思ったりしてた

そんなケンチャンが突然
山に帰ってしまった


我が家の荒波にもまれ
ケンチャンのコップの水は
溢れる寸前だったようで
最後に私が軽率に溢れさせてしまった

ケンチャンには
たくさん辛い思いをさせてしまったので
留まってもらう理由などなかった

一番大変な時に
側にいてくれて  がんばってくれた


これからどうなるのか
ますます暗黒の中だけど
なんとしてでも乗り切るしかない

昨日は父も私も眠れなくて
ふたりで早朝から朝ごはん

辛くても笑っていてくれる父とふたり
楽しくやっていくしかないな


2018年3月12日月曜日

3月12日



昨日は大勢の懐かしい友達に会った

地元のみんながお世話になった方の
お通夜だった

日本中から
すごくたくさんの人達が集まった


人が亡くなると
その人を介して
必ず再会があるんだな

母のことでも
懐かしい再会がたくさんあって

改めて亡くなった人を知ることになり
再会する人を知ることになる


母はからだか動かなくなって
「私は役立たずだ」と言ったので
生きてるだけで役に立ってるよって言ったら
嬉しそうに笑ったけど

母の古い友人と再会したり
私の古い友人と再会して
母との関わりの話を聞いて
母はすごく人のためになろうとしていたことを知った

私はそんな母を
誇りに思う


石田さんの小さなボクも
お父さんのために
あれだけの人達が集まったこと
誇りに思ってくれたらいいな


2018年3月9日金曜日

3月9日



お天気と一緒で
こころもからだも
グズグズ言い始めた

そりゃそうだ
そんな日もあっていい


今日も父が元気で救われる

ケンチャンも体調を崩しているけど
少しずつ回復してきてるようだ


これから3人での生活
どうなっていくのだろう

ひとまず母の四十九日はやらないと
父が言っているけど
お墓のある長野に
行けたらいいな


どこでもいいから
自然がいっぱいのところに行きたい

父は故郷の自然から
受け取るものがあったらいい

ケンチャンと私は
馬曲温泉でチャージするべきだな


2018年3月6日火曜日

3月6日



母がいなくなってしまって
父はどうしているかというと
意外と元気で  ごはんも食べれている

こちらを気遣って
声をかけてくれたりもする

多くを語らないし
自分のことで精一杯なので
本当の気持ちはわからないけど
結構落ち着いているので
ホッとしている


母が12月に倒れてから亡くなるまでの
2ヶ月半という期間は
家族にとって
こころや身辺の準備をするのに
充分な時間となった

本当のところ母はきっと
まだまだリハビリを続けていって
父との生活を再開させたかったのだろうけど

離れて暮らす日々は
父の寂しさをゆっくりと和らげていったのだろうし
母ががんばってくれたことで  最後に会えたし


そう  結果として母は2ヶ月半
家族のためにがんばって生きてくれていたことになる

勝手な捉え方だけど  そう思うと
やっぱり母はさすがやなあ  となる


2018年3月3日土曜日

3月3日



今日は小さな小さな
母のお葬式

ぽかぽかあったかく
お花もちらほら咲き出す中
お花に埋もれるようにして
母の妹のおばちゃんは  望み通りだね  と
母に話しかけていた


大人になってから
初めて会った母の兄は
やっぱり母の兄のような人で
母がいるようで
会えてうれしかった


家族だけだったので
準備も気楽で
母の顔を見たり
ぼーっとしながら
思いつくことだけのんびりやった


父は最初から最後まで
部屋から出て来れなかったけど
全てが終わると  ホッとしたようで
居間に降りて来て
みんなで余ったお弁当を食べた


なんだかんだ言っても
終わった後は弟もケンチャンも私も
泥のようだったけど
落ち着いてきたら元気が出てきて
いただいたお菓子を食べながら
お茶を飲み飲みお疲れさま会


何かが軽くなった

いや  でもやっぱり淋しいな




徒然なるままに
とりとめもなく


2018年3月1日木曜日

3月1日



今日は父の誕生日

母はいつものせっかちで
父の誕生日を祝わないまま
痛いところと動かないところだらけの肉体を離れ
完全に解放されて
自由になった


ちゃんと前日に
総合病院での受診の帰りの
介護タクシーに寄り道してもらって
父を大きな声で励まし
ケンチャンとお世話になったご近所さんに
しっかりお礼を言って
数日前にも弟と一日を過ごし
妹のおばちゃんや近しい人達とたっぷりと話し込み
看護師さんやリハビリの方や 
担当の先生にも愛嬌振りまいて
私には倒れてからの2ヶ月半
毎日溢れ出るように
たくさんの愛情を注いでくれた


きっと母に悔いがなかったように
残された人達にも
悔いが残らないようにしてくれた

母が解放されたことを
父も含め  周りの人達が
こころから良かったねと
思えるようにしてくれた

まだあったかくてやわらかい母に
たくさん良かったねと
言わせてくれた

さすが  おかあちゃん  やるなあ!
の一言に尽きる



突然のことで
淋しさはこれからじわじわと
やってくるのだろうけど

長い間苦しんで
早く解放されたいと望んでいた母
今は母の解放の喜びを思うと
共に喜ぶことの方が
ずっと優勢になる


あとは任された父を
最後までしっかりと見ていこう

今日は一日
ずっと父のことを想っていよう


2018年2月25日日曜日

2月24日の手紙



「パパ  うまくのみこめないみたいだけど
みんな年とったら  その辺でなやんでる

そんなことで毎日つらいなんて
こまったねえ

パパの気持ちわかってあげたいけど
まわりの人間は
みんなわかってあげようとしてるよ」





昨日はまた父から母へ
飲み込みやすい食事の
アドバイスを求めて手紙を書いたので
母も一緒に考えてくれたけど
難しいねえ  わからないねえと
父の求めるアドバイスはできなかった


父の嚥下障害は何とも不思議で
朝から生野菜もソーセージもパンも食べたかと思うと
昼には味噌汁さえ喉を通らなくなる
でも  おやつにおせんべや柿ピーは食べられる

喉が苦しくなった時に食べていた物が
次からは食べられなくなる
それがミキサーでトロトロにした
スープだったとしても

それでもいつも
おせんべは食べられる
ヨーグルトは喉に詰まっても
おせんべならば


それをそのまま母に伝えたので
難しくってわからなくて当然だ

父の辛さは
父にしかわからないけど
わかってあげたいのは確かなので
今日もダメ元で  精一杯のごはんを作る


2018年2月24日土曜日

2月23日 手紙なし



昨日は朝から疲れてしまったし
父はお昼は食べれないと言うので
ケンチャンが近所のお弁当を買ってこようと
提案してくれた

ケンチャンがジョギングで通るお店で
いつもトラックとか  車がたくさん停まっていて
現場仕事の人達が並んでるので
気になっていたと言う

昨日は父が出かける予定だったから
久しぶりにケンチャンと外に出たかったのに
出れなくなったから外に出たくて
私がそのガテン系のお弁当屋さんに行ってみた


おじさんがひとりで
お弁当を作りながらも
定食屋さんもやっていた

注文してから作ってくれるので
ガテンの人達と一緒に待った


うちの分ができて  お会計の時に
メニューで目に付いたおいなりさんを頼んだら
先に言ってよ〜〜と笑って言われた

すみません〜
じゃあ今日は諦めます〜

てゆうか
おいなりさんまで
注文が入ってから作るのか
おじさん  やるな〜〜
(これはこころの中の声)


ひとことふたことでも
ささやかな会話が気持ちを軽くしてくれた


2018年2月23日金曜日

2月22日の手紙



「パパ 大丈夫?
明日  鎌倉プリンスまで来るんだよね
となりに寝てるんだよ

私  だんだん自分の手が
楽になってきた
パパとあくしゅしてみたいよ

しっかり自分のペースで行ってきてね

パパも自分を取り戻したね

本当のパパが見えてきた」




夏から仕事に行けなくなった父
半年ぶりの仕事の行事で
今日は母のリハビリ病院の近くの
鎌倉プリンスに行く予定だった

母を含め  みんなで見守っていたけど
昨日からプレッシャーのためか
様子がおかしくなり
今朝は布団から起き上がれなくなった

まあ  行けたとしたら奇跡のようだったので
みんなで  そりゃそうだよね〜  となった

本人も  そんなにがっくりしてなさそうで良かった


今年に入ってから
ずっと今日のために
いろいろやったりヤキモキしたりしたけど
終わってみたら
目標とすることがない方が
気が楽だな〜〜と思った

浮いたり沈んだり  どっちの日であっても
その日はその日の程良い具合でいい

元気でなきゃいけない日を作ろうとするのは
父には無理があるからもうやめにしたい

父とはその日暮らしで付き合っていくのが
あっちもこっちも気が楽でいい

ああ  疲れた


2018年2月22日木曜日

2月21日 手紙なし



ケンチャンがお友達から借りてきてくれて
スロージューサーが家にやってきた

父は毎朝  梅醤生姜茶と野菜ジュースだけは
必ず飲んでくれるので
ジュースがグレードアップすると
かなり助かる


にんじんとりんごと小松菜と生姜のジュースに
プロテインとMCTオイルとビタミンCと
ナイアシンとB50COMPLEXを入れて
ほんの少し塩入れて
ガーッと混ぜて

プロテインの匂いがどうやっても無理なので
私は味見したことないけど
ケンチャンからオッケーサインが出たし
父もふつうに飲んでくれている


サプリとは無縁だった我が家だけど
父の病気を界に
積極的に取り入れるようになった

ケンチャンも私もからだが軽いし
父のいろんな症状も少しずつ減ってきている


スロージューサーもやってきて
健康に良いことをいろいろ取り入れていると
なんだか両親のおかげで
崩しかけていた体調を
取り戻しているような気持ちになる

重たいこころを持て余している時でも
そのことは時々思い出して
きっとありがたいことなんだなあと
思うようにしている


2018年2月21日水曜日

2月20日 手紙あり



昨日元気だった父は
自分から母へ手紙を書いた

なかなかお見舞いに行けないのが
気になっているみたい

今度の金曜日には
父の仕事の行事もあり
それも目下のプレッシャー

父の現状で  喧騒から離れ
こころをゆったりさせるのは
けっこう難しいだろうと思う


でも  生きてたらみんな
いろいろあるもんだ

腫れ物を扱うようにしているよりも
ふつうに日常の波にもまれながらも
元気でいられるのが本当の健康なのだから
あまり特別扱いせずに
本人の治癒力を信じたい



昨日の母は
また泣きそうになっていた

リハビリが嫌だそうで
嫌なものは嫌だそう

ただでさえ辛いだろうに
よくがんばっていると思う

左手が少しだけ動き出した


2018年2月20日火曜日

2月19日 手紙なし



弟のお嫁さん
予定より早く退院できることになった

はあ〜  良かった

子供達もよくがんばった
みんなよくがんばった


病気になってから父は
孫といると疲れるようで
いつも部屋にこもりっきりだったけど

今日は調子が良いようで
みんなでごはんを食べたり
お絵かきをしたりしていた

散歩にも行くというので
 父と姪と私の3人で
手をつないで公園まで行って
父まで滑り台を滑ったり
すっかり孫と一緒になって遊んでいた

久しぶりにおじいちゃんと遊べた姪は
とってもうれしそうで
私もとってもうれしかった


介護は大変だけど
喜びもたくさんあるよって教えてくれた
村のお母さんを思い出していた

そのお母さんは
大変さを超えて
ほんとに喜びいっぱいのお顔になっていた


2月18日 手紙なし



昨日から弟と子供達が来ていて賑やか

介護と子供の世話が重なると
休む暇なく時間が過ぎて行く


もうすぐ3人目が産まれる弟のお嫁さん
早産予防のため入院して1週間経った

仕事をしながら子供を見なきゃいけない弟も合わさって
とうとう家族全員で身動きがとれなくなった  笑

これまた笑うしかないやつだ



みんな口々
しょうがない
やるしかない
なんとかなるさ


2018年2月18日日曜日

2月17日 手紙なし



昨日は良い天気で暖かく
父も母も  別々の場所で
とても落ち着いていた


ずっと離れていると
ふたり共  別々なことに慣れてしまって
そのうちお互いを忘れてしまうのではと
不安になる時がある

私の担当はケンチャン
母の担当は父なのであるから
本来の形に戻って
最後まで寄り添っていてほしい


昨日  母のお見舞いに行くと
私にいつも気を遣っている母は
リハビリ病院の後に入る施設に
なんとかして父を連れていかなければ
と話した

元々障害者である母は  日頃から
いずれは父と一緒に
施設に入りたいと言っていた

でも父はまだ
からだは健康なので
本当のところ  どうしたいのか
ちゃんと聞いてあげないとね



夜中に父の部屋の電気がついていたので
様子を見てみると
眼鏡をかけたままスヤスヤ寝ていた

今朝  何してたの?と聞いてみたら
母が長年気持ちを書き留めていた
ノートを読んでいた  と

そのノート  私も読んだけど
家族のことと
特に病気になった父への想いがたくさん書いてある

私が不安に思わなくても
ふたりはちゃんと繋がっているから
大丈夫なのかもしれないな
と思った


2018年2月17日土曜日

2月16日 手紙なし



朝からヤサグレ放題の父

一昨日喉の詰まりが耐えられないと
また耳鼻咽喉科にかかったけど
なんの異常もないと言われ
納得がいかなかったようで

どんなに説明しても
こころの問題とは直結しない
たまに繋がっては
また離れていく

直結させちゃえば
スムースに行くだろうに
スムースに行かない道ばかり選ぼうとする

自分もそういうこと
あるのだろうけど



父と母の未来は
なるべくシンプルに  スムースに
かたち取っていけたらいいなと思う

私の中に
抵抗するものがなくなったら
自然と母の気持ちも変わってきた

父はどうしていきたいのか
元気な日に空かさず聞いておかないと

ヤサグレ放題の日は
聞き流すくらいが良い


2018年2月16日金曜日

2月15日 手紙なし



久しぶりに山の家で過ごした2日間に
こころは目まぐるしく移り変わり
然るべき場所に着地した

本当に帰って良かった

短かったけど
やりたかったこと全てできた

2日間で会えた全ての人達は
会えなくて寂しい存在から
遠くで想ってくれている
私のこころの中の
大きなえなじーに代わった

大好きな村と大切な人達が
それぞれの場所にいてくれるから
私は今ここでがんばれる

もうこころを残すことなく
前に進めると思った



家に帰ると父は
弟の介護の成果か
相変わらず不調は訴えるものの
大分シャキッとしていた

母には昨日会いに行ったけど
リハビリ病院で良くしていただいて
すっかり居心地が良くなったようで
優しい顔に戻っていた

ケンチャンとこれからどうしていくか
いろいろ話をした

これから先  どんな道を選択しても
大丈夫  と
思えるようになった


2月13日 山の家より



2ヶ月ぶりの山の家

昨日も今日も良い天気で
空気も水もおいしくて
窓を開けておいたら
家の中に鳥が入ってきてしまったり
五右衛門風呂を炊いたら
すごい水蒸気でもくもくになったり
なんだかほのぼのしているけど

帰ってきたら帰ってきたで
いろいろいろんな気持ちが湧いてきて
こころの中が複雑すぎて手に負えない


2018年2月11日日曜日

2月10日 手紙なし



昨日は父が床屋に行きたそうで
一緒に出かけられるかと楽しみにしてたけど
最近はいつも
午後まで元気が続かない

すっぽりと妄想の世界に入ってしまって
消耗してしまうようだ


ケンチャンがいる時は
結構シャンとしている父

私とふたりだけになると
気が緩むのか
妄想の世界に入りがち

今日から弟が来てくれるのだけど
弟とふたりだとどんなことになるのかな


ありがたいことに
今日から数日  弟が父といてくれるので
急遽山の家に帰れることに

肺活量が増えちゃうくらいに
たくさん空気を吸い込んでこようと思う


2018年2月10日土曜日

2月9日 手紙なし



昨日は
ひとりで家に置いていかれるのを
嫌がる父をなだめつつ
大先輩のお友達に会ってきた

今の私とまるで同じような境遇で
ご両親の介護を10年以上されていた方で
いろんな話が聞けたのと
とってもお元気なのを知れて
すごくうれしかった

この状況からはもう逃げられないし
せっかく帰ってきてるんだから
こっちでちゃんと生活しましょうよ
と  次にまた会う約束をしてくれた


鎌倉を離れて15年も経ってしまった上に
こころは山の中に残っているし
今の状況もまだ落ち着かないし
友達とわいわいやるエネルギーも湧いてこず
ここに帰ってきても
なんだか宙に浮いてる感じで
人と交流を持つ気にもなれなかった

でも  昨日は鵠沼海岸の商店街を歩いて
冬ののんびりさが心地良かった

ひとりでも  街だったとしても
いろんなとこ歩いて
踏みしめて着地していったらいいのかな
と思った



父に帰ると言った時間まで
ちょっとゆとりがあったので
母のところに寄った

相変わらず甘えんぼだったけど
昨日より優しい顔になっていた

家に帰ったら父が
苦しくて死にそうだったと言っていた

笑って相手すると
父もついつい笑ってしまうようだ


2018年2月9日金曜日

2月8日 手紙なし



昨日お見舞いに行くと母は
とても辛そうな顔をして
家に帰りたいと訴えた

新しい環境だし
なかなかのハードスケジュールだし
こころが落ち着かないみたい

きっと私でも
家に帰りたいって
思うだろうな


3ヶ月のリハビリ生活の後のことを
もう考え始めないといけない
父は結局全然治っていなくて
ごはんもろくに食べられず
夜中に  火事だー  と起こされた

今後のことを父に相談できないなんて
なかなかの壁が隔たっているな



今日は介護経験のある仲良しのお友達
(と言っても同級生のお母さん)に会って
いろいろ話を聞かせてもらおうと思う

そのお友達は
私のパン人生のきっかけになった方で
いつも頭のどこかで
お元気かな  と気になる存在

会えるのが楽しみ


2018年2月8日木曜日

2月7日 手紙なし



昨日は鎌倉に戻って来てから
初めて丸一日家でのんびりした

ひたすらごろごろ
食べて寝て
リラックスして

昨日からケンチャンがひとりで
数日山の家に帰ってるので
父とふたりで
とにかくのんびり

昨日は落ち着いていて
比較的本来の父だったので
いろんな話ができた


父の最近の悩みの喉のつまり感は
一体何なんだろうという父の疑問から
ふたりでインターネットで調べながら
父の感じてることと照らし合わせながら
食べ物が詰まっているわけではなく
心の病気の症状なんだよ  と

もうずーっと  同じ説明をしてきたけど
なかなか納得してくれなかった父に
やっと言葉が届いたようで

今朝起きて来たら
「もう治った」
という父

私はそんなに簡単に信じないよ〜
と心の中で思いつつ
あ  そう  良かったね
と言っておいた


でも  たくさんある症状の中の
厄介だったひとつが治ってくれたら
父は大分楽になるだろう

病は気からと言うから
ほんとにこのまま
治った気になってくれたらいいな


2018年2月7日水曜日

2月6日 手紙なし



昨日  母のお見舞いに行くと
母はリハビリをしていた

終わるのを待って  少し話したら
また次のリハビリ

久しぶりにお風呂にも入れてもらって
あわただしそうだったけど
みなさん丁寧だし
ここにいると孤独を感じないよ
と言っていた


ちょっとだけ安心したけど
人に何かを頼むのがすごく苦手な母
遠慮してしまう上に
相手のせいにしてしまうところがある

全部自分でやりたいのに
今や自分でできることがほとんどないというジレンマは
これから母を苦しめると思うけど
きっと人に助けてもらって感謝することは
母の老後のテーマなのかもしれないな
と  勝手に想像したりして


一方父は
人に頼むのが大得意

私が小さい頃から
母が父に頼んだことを
父が私に横流ししてくること多々で
それがいつも嫌だった

20年ほど前から
母は足が不自由になり
公私共に父の負担が増えて
良くがんばっていたなあと思うけど

今回母が倒れてからは
また全部私頼みになった
末っ子の甘えんぼ全開


父の老後のテーマは自立だと
また私が勝手に課したいくらいだ


2018年2月6日火曜日

2月5日 手紙なし



昨日母は
海が見えるリハビリ病院へ転院した


潮風に吹かれて
明るく爽やかで元気なスタッフの方ばかり

着いてすぐにお昼ごはんもいただいて
午後からリハビリも始まった


老後は海が見える家に住みたかった
夢が叶ったね〜〜  なんて
サービス精神旺盛の母は言った

元気そうにふるまう母を見て
なんだか切なくなって
病院に置いて帰るのが心配になった


ほんとはしんどいのに
がんばってる人は健気だな

ここで父が付き添っていたら
母はもっと気を遣わずに
思いを父にぶつけてるのだろうな

とか
私に気を遣って言葉をかけてくる母を
思い出して
なんだかとても
かわいそうになってしまった



今日会いに行ったら
いろんな気持ちを聞いてあげよう


2018年2月5日月曜日

2月4日 手紙なし



昨日は立春

家の片付けと確定申告の準備で
村に帰っている予定だったけど
なぜか状況が許さないから不思議

これで2回目の延期
悲しいけど仕方がない


3日間だけだとしても
どうしてこんなに帰りたいんだろうな

片付けも確定申告も口実で
村に帰る道中を楽しみたい
ただ山の中で過ごしたい
会いたい人達に会って
わははと笑いたい

どうして鎌倉だとだめなんだろう
海を見てても
笑ってても
埋められない空洞がある



今日は母にも久しぶりに会ったいとこにも
早く村に帰りたい  と言ってしまった

大好きな両親と一緒にいられていても
大好きな村の人達とも一緒にいたい

それくらいたくさんの
愛情をもらった
今も  離れていても
村からあったかい気持ちが
たくさん届く


2018年2月4日日曜日

2月3日 手紙なし



昨日は恵方巻きの日

恵方巻きは食べたことがなかったし
あんまり興味がなかったけど
なんだか気分がモヤモヤしてたので
ケンチャンが贅沢な恵方巻きを
買いに行ってくれた

父も食べれるかなーと思ったけど
喉に詰まると言って
食べなかったので
少しだけ残しておいた


そしたら今朝
「恵方巻きを一切れ食べさせてもらった夢を見たよ」
と言っていた

残しておいた恵方巻きも食べれなかったけど
夢で食べたので満足だ  と



父が思う  喉に詰まらない食べ物  は
とても主観的で
相手をするのがうっとおしくなる

でもなぜかチャーハンは
喉に詰まらないという父

そういうのがひとつあって助かるけど
ただ単に  好きだからってだけなんじゃあないのかな

まあ今日も
いつものお米より具が多いくらいのチャーハンを
たくさん食べてもらわなきゃあ


2018年2月3日土曜日

2月2日の手紙



「今日も同じ事書く気がする

パパは全然変わってなかった
安心した

これからも体力いじしながら
ゆっくり前に進もうね

前にもどれないけど
心はそのまま前に行こうよ」




母の体は  もうもどらないと
父も実感したようだ

今日は朝から動揺してて
「お母さんもパパもあと1枚の命だ」
なんて  指を一本立てて
わけのわからないことを言うので
1枚ってどういうこと?と聞いてみたら
我に返ったようで  照れくさそうに笑った


母も毎日会う度に
もどらない体を嘆くけど
自分にできる小さな事を見つけては
せっせとリハビリをしている

その動きがふざけてるみたいで面白いので
ふたりで笑う


どうもシリアスになれない家族なのである


2018年2月2日金曜日

2月1日の手紙



「パパ  きのうはありがとう

75才のパパのまんま

その大事な体をしっかり守ってね

私のようなどうしようもない体にならないように
ここからが大事

これからもよろしくおねがいします」




せっかく会えた父と母はその後
別々の場所で落ち込んでいた

ずっと会いたかったのに
会えたら落ち込むなんて
人間てほんと
複雑な生き物だな


しかし
ショックが長引くだろうと予測された父は
意外と復活が早く
今日もちゃんとごはんを食べて
また明日  母のお見舞いに行くと言った

夜になったら寒さからのダメージで
すぐに撤回してたけど

寒くなかったら
散歩も行ったろうし
お風呂にも入ったろう


明後日は立春


2018年2月1日木曜日

1月31日 手紙なし



昨日とうとう
父と母は会うことができた

朝から絶好調だった父は
しっかりごはんを食べて
お風呂に入って  髭剃って
家から歩いて20分の
母の入院する病院へ
自分の足で  歩いて行った


病室に入ると母は
目をまん丸くして驚いて
その後すぐに  しわくちゃ梅干顔になって
ふたりで手を握り合って
父は  なかなか来れなくてごめんね
と謝った

母は  父とケンチャンと私に
大きな声を出してお礼を言った

昨日  心臓が苦しかった母の声は
なかなか父には聞き取れず
仲介が必要だったけど
最後にはお互い励まし合っていた


父が疲れてしまってることは
見て取れたので
長居せずに病室を出た

母は嬉しそうだったけど
帰るときは寂しがった


父は母を喜ばせたけど
自分より元気だろうと思い込んでいた母の弱々しさに
ショックを受けていた

気力も体力も使い果たして
夜ごはんも食べれず
崩れるように寝た



昨日は満月

昨日のことはまるで
満ちたらすぐに欠けていく
月みたいだなと思った


2018年1月31日水曜日

1月30日の唄



「テーマがあるときめやすい
目標をしぼって  それにむかって
76年間生きてきたけど

きのうのたのしいうれしい言葉が大好き
この言葉にささえられて
人生がとうといものに感じる」




そう書きながらも母は
自分の不自由さに昨日は
私に気を使いながら
たくさん辛い気持ちを吐き出した

そりゃあそうだ
母は辛いに決まってる

からだのほとんどが
動かなくなってしまったんだもの

でも  なげいてもしょうがないことも
ようく知っている
前向きでいた方が元気も出てくるものだ



今日は父も前向き  元気!

母のお見舞いに行こうと  まさに今
ソワソワと準備をしているところ

お見舞い時間の3時まで
気持ちが保てるかな

さてどうなるか


2018年1月30日火曜日

1月29日の唄



「たのしい心  うれしい心
どっちも私はいつももっていたい

生きていくことは
2つがあって  私はしあわせ」




確かに母は  いつも冗談ばかり言って
場を明るくするのが得意

今も  看護師さんと
しゃべり過ぎてしまう  と
しょっちゅう反省している

20年くらい前にも
長期間入院してたけど
その頃の楽しかった思い出を
よく話してくれる



2月始めに  海が見えるリハビリ病院に
転院することが決まったので
またそこで  楽しい時間が過ごせたらいいな

母は父と一緒に入院すると思い込んでるけど

まあ  入院は無理だけど
次の病院には
父がお見舞いに行けますように

一緒に海が見れますように


2018年1月29日月曜日

1月28日の手紙



「パパ  大変だね  さむいから
しっかり身を守ってね

私は美穂がきてくれるのたのしみ
ありがたいねえ

病院になれるのは
なんともなさけないけど
これも私の人生だから
しょうがないよね

こりてもこりても
どうもこれが私の人生

いやがってばかりいても
前に進めない

なんとかなるさで生きていく」





母が手紙を書くとき
せんせいっ  いいのできましたね!
と褒めると
顔をクチャクチャにして笑う

入れ歯が合わなくなってしまったので
歯が2本しかないのが
またかわいい

本人は  入れ歯なしで人と話すのは
すごく嫌だと言って気にしてるけど



寒さのせいで
病気の症状がぶり返してしまった父

夜中起きているのがわかるので
私もなかなか眠れない

昨日もいろんな症状が出てて
大変そうだったけど
症状がおさまってるときの発言はとても優しい


母に  何かほしいものがないか聞いてきて
というので聞いてみたら
ほしいものなんてないよ  と言った