2018年6月24日日曜日

6月24日



山の家を離れてから半年の間に
なんだかんだでもう2回
山の家に帰ってる

村にはうちの母と同い歳な上に
とても尊敬するお母さんがいて
毎回会いに行く

そのお母さんは
いつも縁の下の力持ちに徹しているので
宴会などには出てこないし
出たとしても終わった後に来て
せっせと片付けをしているような人

だからこちらから会いに行きたくなる
私の村のお母さん
そして83歳になるご主人は
私のこころの恋人
(相思相愛)


先日帰った時も早速会いに行くと
お庭に小さくてかわいらしい
お母さんのお母さんが立っていた

母と同い年のお母さんのお母さんは
今年100歳だというのに
99歳までひとりで暮らしていた

お母さんのご主人のお母さんを
お母さんは105歳まで介護していたので
お母さんのお母さんは
きっと娘に負担をかけないように
ひとりでがんばっていたのだと思う


おばあちゃんは
100歳だというのに
まだしっかり自分の足で歩いて
ちょっと耳が遠いとはいうものの
話題を投げかければ
ポンと帰ってくる

普通に話せることに
すごく感動した

言葉も物腰もとても謙虚で
すごいなあと思った

ひ孫をかわいがってらっしゃる場面を
見せてもらったことがあるけど
今年は玄孫に会えるという

私はもう  ただただ
すごいことだなあと
一緒にいて  お話しできるだけで
感動してしまうので
今回はお母さんに会いに行ったら
おばあちゃんにも会えて
村の入り口のお地蔵さんみたいに
拝みたいような気持ちになった



父は母の話をあんまりしないのだけど
今日は昼寝から起きたら
お母さんが来てるよ!と言うので
どこどこ!?と父の指差す方に行って
おかあちゃーん!と抱きしめてみた

うれしそうにほほえむ父

母は時々父に会いに来てるので
父は寂しくないんだな
と思った


2018年6月23日土曜日

6月23日



今日の2時から4時の間に
家から立ち退かされると  父

いつまでたっても  頭から
立ち退き妄想が出て行ってくれない

昨日までの3日間
眠り病のように眠り続けていたのに
今日は朝からそわそわ

しっかり着替えて
ケンチャンと私にも
大事な物をまとめて
出ていく準備をしろと言う

タイミング良く
父のお仕事のパートナーさんが
来てくださると言うので
現実に引き戻しつつ
上手い具合にはぐらかすことができた


今はまだ  山の家はリフォーム中で
とてもとても父を連れて行ける状態じゃないけど
本人は  立ち退かされて
引っ越さないといけないと思っているので
それなら山の家に住めば良いんだよ!と
すきあらば洗脳している


片道最低6時間はかかると聞いて
初めて見るような
ギョッとした顔をして面白かった

長野の父のお姉さんのところも良いな
と勝手に思っている

長野なら4、5時間くらいかな

あくまでも勝手に
田舎移住妄想をして楽しんでいる


2018年6月22日金曜日

6月22日



山の家には夜遅くに着いた

家の下には  川が流れていて
この時期には蛍が飛ぶ

帰った夜も
1匹だけだけど飛んでいた


ご近所のHOVELで
焚火料理で夜ごはんをしてもらった

HOVELの近くには
川が流れていて
村では蛍がたくさん見られる名所

ごはんを食べてる間も
焚火に寄って来るように
蛍が近づいてきた


おなかがいっぱいになったら
川まで降りて見に行こう!ということになり
おじいちゃん達を残して
若いのだけで蛍を見に行った

あ  おばあちゃんもひとり
一緒に降りた

おばあちゃんは
今までで一番たくさんの蛍を見たと
その数にびっくりしていた


梅雨の合間の空には
星がたくさん出ていて
星と蛍がつながって
どっちが空でどっちが地上だか
頭が混乱する瞬間があった

あの時あの場所にいられたことは
なんというかすごく
花丸印をもらったような
懐かしい感じのする
うれしいことだった


2018年6月21日木曜日

6月21日



ケンチャンと私が
山の家に帰ってる間
弟家族に一緒にいてもらった父

幻視モード100%で
子供達と一緒に遊んだり
ひとりで外に出て転んだり
いろいろアクティブだったようで
戻ったら寝込んでいた


戻って早々  私の顔を見て
やっぱり家が差し押さえられて
出て行かなきゃならない  と

じゃあ  京都に家があるんだから
京都に住めば良いんだよ!と言うと
もっと良い方法がある  と

美穂が相手の家に嫁げば良いんだ
それが一番良い方法だ  と

ケンチャンはどうするの?と聞くと
ケンチャンには諦めてもらおう  と


なんてぞぞっとする話だ
何時代の話だよ
と思っていたら

昔から父は
戦国時代みたいなことを言う  と
弟が言っていた

そうか  戦国時代なのか


2018年6月20日水曜日

6月20日



4ヶ月ぶりに
山の家に帰った

短い時間の中で出会えた
親愛なるその人達は
すごい人ばかりで

みんな力強く
励ましてくれるのだった

励ましの力が
そのすごさを
表しているのだ

悲しみや苦しみや
恐怖を乗り越えて
光に向かっている人の励ましは
静かで温かで力強いのだった


私の麻痺して
感覚が鈍くなったこころに
忘れていた感覚を
思い出させてくれるのだった

自分を守るために
閉じていた蓋が
存在していること自体を
思い出させてくれるのだった

今蓋を閉じたことは
きっと間違っていない
でもやっぱりその中には
大事な感覚があることを
みんなが教えてくれるのだった


やっぱり私は
自然の中で暮らしたいと思った

みんながうらやましかった

でも  ねたましくなかった

みんなが私の
憧れの的になった


みんなのように力強く
励ませる人になれるために
今があるのだとしたら
それを確認しに行ったかのよう
本当に帰れて良かった

明日からググッと前進するぞ

ややこしいのをひとつ
いやふたつ
やっつけてやるんだ


2018年6月16日土曜日

6月16日



寒い一日

みんなでぐったり

父は一食も食べずに眠り続ける

このご時世
断食療法があったり
不食の人もいるくらいだから
あまり心配せずそのまま寝かせておくと
次の日には自発的に
食べなきゃ!となる

水分はたくさん摂ってほしいけど
あんまり飲んでくれないのは悩み


昨日  おばちゃんの話を
たくさん聞かせてもらったのだけど
おばちゃんはケチらしく
暑い夏にクーラーもつけず
飲み物をケチって飲まないでいたら
熱中症で泡を吹いて
倒れていた時があったって

認知症の人は
水分は不可欠らしいし
夏を乗り切るためにも
水分をたくさん摂ってもらう策を練らねば


明日から弟家族が来てくれて
父と一緒にいてくれる

たまには私のパターンから外れてみたら
弟達の普通の中から
より良いアイデアが出てくるかもしれない

なんとなく期待しつつ
久しぶりの山の家での二日間を
思いっきり楽しんでこよう


2018年6月15日金曜日

6月15日



今日はケンチャンに
幻視モード100%の父を任せて
父が後見人をしている
東京のおばちゃんに会いに行ってきた

おばちゃんに会うというか
おばちゃんをお世話してくださっている
ご近所さんに会ってきた

姉妹でヘルパーさんをされていて
こころからおばちゃんを想ってくれている
本当にありがたい存在だ

父のことも含め
ゆっくり話ができて
本当に安心させてもらった


おばちゃんにも
30年ぶりくらいに会った

元気でかわいい
認知症のおばあちゃんになっていたおばちゃんは
ご近所さんいわく
いつもと全然違って
私が来たのを喜んでくれていたそう

私のこと
一瞬思い出しては
次の瞬間忘れているようで
目まぐるしく移り変わっていた

それでもなんだかお互い
知ってる仲の安心感があった

次来る時は
泊まっていきなと言ってくれた


父がお世話できなくなってしまった今
おばちゃんのことは
父のことよりややこしい

イメージだけでなく
これはほんとにややこしい

離れて見ているうちは
かわいいと思えるから
この距離はキープし続けなければ


帰ったら父は
ケンチャンに相手してもらってご機嫌

明日の朝は寒くなるよ
と言ったら
部屋にたくさん人が来てるから
あったかいよ  だと

やっぱり幻視や妄想は
否定しちゃいけないんだと
プロの姉妹が言ってたので
幸せそうな父を見守っていることにした


2018年6月14日木曜日

6月14日



今日は朝は普通に話せた父が
夜にはすっぽりと
幻視の世界に入っていくという
移り変わりを見た1日


結局まだ
家が売れちゃったので
出て行かなきゃいけない
と思い込んでいるので
そしたらみんなで京都に帰れば良いだけだし
お金なんてなくても生きていけるよ!
パパはケンチャンと私が守るから!
と  もう説明するのはやめて
私流に乗ってみた

ありがとうと言って
その後普通に話したのに
20分後に夜ごはんを持っていったら
パジャマから洋服に着替えていた

どこかに行くの?と聞いたら
わからない  と
自分でもなぜ着替えたのか
わからない様子

言ってることも訳がわからず
いつもの幻視モードの父に変わってた


認知症の人の不思議な行動には
必ず理由があるらしい

それを理解するのが
仲良くやっていく秘訣

父の理由をわかってあげたい


それにしても
昼間に階段の手すりの見積もりに
来てくれたお姉さんと
うれしそうに話してたときは
普通だったのにな

仕事人間だった父でも
若くてかわいい女の子と
お話しするのは楽しいんだな
と思ったけど


2018年6月13日水曜日

6月13日



頭がパンパンの感覚が
通り過ぎていくと
なんだかスッキリして
行動を始めてみると
意外とややこしくないことが
わかってくる

もしかしたら
全然ややこしくないかもしれないのに
拒否反応した途端に
嫌悪の感覚が湧き上がってきて
ただでさえ働かない脳の
動きを止めてしまう

ストレスが
ゴーーッと音を立てるように
からだに満ちていくよう

本当はそんなにややこしくないのに

あれもこれも嫌だと
どうしていつの間にかこんなに
わがまま放題のこころを
育ててしまったんだろう


ゆっくり自分を見つめる時間

まともなところなんて
全然見えて来ないけど
欠陥が見つからないと
修理できないのだから
解体して  分解してから
またつくり直すんだ

なんでも直しちゃう
あのひとやあのひとみたいに



リハビリを嫌がると思ってた父も
意外と乗り気

家族以外の人達と触れ合って
褒めてもらったり
やさしくしてもらったりして
良い気分の時間が増えたら良いな


2018年6月12日火曜日

6月12日



前向きに過ごしたいけど
自分の置かれてる状況が見えてきたら
いろいろややこしく
頭が拒否反応
胸はムカムカしてくる

実務的なことは本当に苦手
漂うように生きていたいのに
漂ってもいられなくなってきた

嫌がってると
疲れてしまうので
とりあえずひとつひとつ
片付けていくしかないんだな
やることは同じなんだもの


ある人が
ダメな自分も
そのまんま受け入れたら良いんだよ
と言っているけど
それも努力をする必要があるんだよな

まず  自分が自分を
ダメだと思ってることに
ビビッと気づき
嫌だな  と思う前に
ダメでも良いんだ
と思う方向に自分を持っていくのは
これまたなかなか筋肉を使う

この筋肉が鍛えられてないと
すんなり受け入れるって風には
ならないよなー
そんなに簡単じゃないよな
と思う

コツコツ心がけて成せる技だと思う
こころを楽にして生きるには
やっぱりコツコツは
欠かせないのかな


今日は頭がパンパンになったので
コツコツから逃げるようにして
映画を観に行かせてもらった

終わり方が切な過ぎて
胸がパンパンになってしまった


2018年6月11日月曜日

6月11日



昨日  脳梗塞の心配から
解放された父は
朝からご機嫌
7時には  朝ごはんを食べる
と起きてきた

床屋に行きたいと言うので
2週間もお風呂に入ってないのに
床屋さんがかわいそうだ!
と拒否したら
お風呂にも入ってくれた

そこで力尽き
こんこんと眠り続ける

私もくたくたで
2回も昼寝した

ケンチャンも
昼まで起きて来なかった


昨日みたいな日が
週に一度あるくらいで
のんびりした毎日

先のことは
一切わからないけど
こころの中は
たとえ荒波でも逆らって
もっともっと静かでいられるようでありたい

ケンチャンがいるだけで安心
父はお茶目に笑っているし
みんなで力を合わせれば大丈夫

穏やかな未来に向かって
前進するのみ


6月10日



そう  匂いがしていたんだ

救急病院から帰ってきて
夜ごはんが食べれたのは
ついさっきの11時

先に言っておくと
何の異常もなかったんだけど
脳梗塞だから病院に行くと言い出して
妄想の中の病院へ2回
(どこにあるのかわからずたどり着けず)
現実の病院へ1回
今日は父とケンチャンと3人で
病院デーになった


幻視のインド人のお医者さんが
父が脳梗塞だと言いやがったらしいんだけど
一生懸命話しかけてる相手は
ソファーに置いてあるクッションで

丁寧に  ちゃんとわかってもらえるように
それはクッションだよ
と説明したら
本当だ  おかしいね
とそのときはわかってくれたけど


クッションに話しかけ続ける父を見て
傷つくこころをごまかすのはやめておこう

父は  本当に認知症になってしまったんだな

悲しい


でも  悲しさも極まると
笑けてくる

笑える余地は  ちゃんとある

悲しさは笑いに変えて生きていくんだ

お笑いのスキルを高めるチャンスにするんだ


2018年6月9日土曜日

6月9日



なんにもない
静かな日

ちょっとだけ掃除したら
もう達成感で良い気分

お昼ごはんを食べたら
眠たくなって
昼寝した

ケンチャンが水汲みから帰ってきて
バトンタッチで散歩に行って

夜ごはんを食べて
テレビの映画を観て
あとは寝るだけの一日


平和な日は
しっかり平和を味わっておこう

これからやって来るであろう
高波を想定しつつ
休めるときに
しっかり休んでおこう

なんか  もうすでに
潮の匂いがする気がするけど
気のせいかな
フンフン


2018年6月8日金曜日

6月8日



長野にいる父の姉のおばちゃんは
とってもやさしい人だ

父のこと
ケンチャンと私のことまで
いつもいつも気にかけてくれて
おいしいものと共に
やさしさを届けてくれる


もうずいぶん会ってないけど
電話の声が変わらないし
田舎で自然と共に生活しているし
父よりずっと健康でお元気だけど
もうおばあちゃんなんだろうな

そんなおばちゃんが
父の顔が見たいと
田舎から会いに来ようと計画を練っている

想像しただけで
切ない気持ちになる

姉弟が会うには
おばちゃんが来てくれるしか
もう方法がないのかな


自分が後悔しないように
行動するのと同時に
自分以外の関係のある人達が
後悔しないでいられるように
その人達のことも考えて行動するのも
大事なことなんだな

そのためには
その人達が
多少無理をしたとしても
ちゃんと父と向き合えるように
お手伝いすることも
私の役目なのかもしれない


2018年6月7日木曜日

6月7日



今日は家族のようなお友達が来てくれた

父もかわいがっている人なので
すっかりリラックスして
ハチャメチャな妄想の話を
会話の中にはさみまくってくる

お友達も普通に笑って聞いてくれる

父にとっては
自分をさらけ出せる人がいて
うれしいんだと思う

これからもそうやって
こころを許せる人が
増えていったらいいなと思う


今日  介護保険証が届いたので
散歩コースの延長線上にある
母がお世話になっていた施設の
ケアマネージャーさんに報告に行ったら
早速明日には階段に手すりをつけるために
下見に来てくれることになった

これから
足のリハビリをしたり
ショートステイを活用したり
父が楽しんでくれて
活用できたらいいな
と思っている

今日来てくれたお友達のように
父がこころを開ける人と
これから出会っていけたらいいな



因みにここのところずっと父が懸念していた
家を競売にかけられて
手放さなきゃいけなくなった
という妄想が
今日ピークを迎えたようで
相手が退散すると言ってきた
とのこと

相手に
「お前はかっこ悪いけど  一番スマートだ」
と褒められた  と喜んでいた

幻視の人達とは
なんだかんだでいつも楽しそうだから
現実でもきっとうまくいくだろう


2018年6月6日水曜日

6月6日



今日は本当だったら
カルナー3周年の日だった

とりあえず3年  が目標だったカルナーは
2年半で終わってしまったけど
あのまま走り続けてたら
私が病気で倒れていたかも
と思ったりする

お店だけが理由ではなく
両親のことでもう既に
実家への行き来も頻繁になっていたし

必死で走ってたから
もう自分の状況とか
見えなくなっていたな  と
振り返ると思う

なかなか過酷な2年半だった
ケンチャンも私も


今の状況は
辛いことは確かにたくさんあるけど
悪いことばかりでは決してなくて
父のおかげで
父の健康管理の延長で
自分達の健康管理もできたり
不自由だからこそ  当たり前のことが
すごくありがたく感じられるようになったり
良いこともたくさんある

本当に先が見えなくて
いつかまたパンを焼くのかも
もうわからなくなってしまったけど
これでいいのだ
と思える3周年
ケンチャンの誕生日になった


久しぶりにご馳走を作って
ケンチャンの誕生日のお祝いをした

それも走ってた時には
全然できていなかったな

ケンチャンが好きな
イワシのお刺身も並べたら
父の「今日の良かったこと」は
久しぶりにイワシを食べた
になった


2018年6月5日火曜日

6月5日



弟家族が来てくれたので
帰ってきたケンチャンと
久しぶりにふたりで出かけさせてもらった

貧乏性なので出かけたついでに
ついついいろんな用事を
済ませようとしてしまうので
今日はそういうことはやめて
ただ気分転換をしに出かけてみた


かと言って
どこに行ったら良いのか
離れていた期間が長く
全然思い浮かばない

とりあえず
パンを焼き始めた頃
丹沢に水を汲みに行っていたので
久しぶりに行ってみることにした


久しぶりの山の中
見えるのはひたすらに緑色
こころとからだに染み込んだ

緑の中で
湿度の高い空気の中を歩いていると
こころとからだが
ずいぶん乾いていたことに気がついた

鎌倉に戻ってからの半年間は
除湿ばっかりで
加湿が全然追いついていなかった

山を降りる頃には
だいぶ潤った感じがした


2週間後にも
役場の用事で
山の家に帰る予定になっていて
また弟家族が父と一緒にいてくれる

出かけられることは
なんてありがたいこと

感謝感謝
特に義妹ちゃんに大感謝


2018年6月3日日曜日

6月3日



今日は朝から
めっちゃショッキングな
まさにニュースが飛び込んできて
悶々とした気持ちで過ごしてしまった

気分転換に
どこかに出かけたかったけど
それも叶わず
こんな時
足が不自由だった母は
こんな気持ちでも  どこへも行けず
ずっと家で耐えていたのかな
と思ったので
全然辛さをわかってあげられてなかったな
おかーちゃん  ごめん
と呟いた

でも  私は
おかーちゃんと同じようにはならないよ
とも呟いた

そんなこと
母はちっとも望んでないだろうし

でも
母の辛さをわかってあげられなかった分
父の辛さをわかってあげられるように
心がけるね
とも呟いた


ちょうどそのバッドニュースが届いた時
元気で幸せそうな友達からもメールが来た

元気で幸せでいてくれることが
お日様みたいに照らしてくれて
まさに救われた

元気で幸せな人は
その存在だけで
充分誰かを助けるんだなと思った


2018年6月2日土曜日

6月2日



そう言えば
ケンチャンはまた2週間ほど留守にしていて
明後日くらいに帰ってくる

ケンチャンがいない生活は不安もあるけど
そうも言ってられないので慣れてきて
父が寝てるタイミングを見計らって
いつもこっそり散歩に出かける

まだバレたことはない


散歩をしながら
写真を撮るのが楽しい

ポツポツ歩きながらテキトウに撮ってたら
撮りたいものが定まってきた

おうちばかりの散歩道だけど
あるのに見えてなかった自然が見えてくる

ただ歩いてただけでは
見えていなかったものが見えてきて
小さな自然と目が合って
モデルがキラリと光るタイミングを
今だっっとキャッチして
イイネ〜となる

人の顔を撮る人の写真には
撮る人にしか見せない表情
が写っているみたいに
目が合った小さな自然と
特別な会話を交わしてるみたいで
後から撮った写真を見ていても
思い出をたどってるみたいで楽しい


ケンチャンが帰ってきたら
パソコンをつないでもらって
大きな画面で
早く見たいな


2018年6月1日金曜日

6月1日



昨日の夜からウロウロしていた父

朝は起きてこないな
と思って見に行ってみたら
洋服に着替えていて
出かけると言い張る

わ!徘徊か!と思い
ドキドキしてきた

ひとまずごはんを食べるように促して
どこに行こうとしてるのか聞いてみる

聞かれてるうちに
自分がどこかに行こうとしてることが
おかしいと気づいてくれた父

間髪入れずにドバッと
ラベンダーの精油を振りかけたら
落ち着いてきて
ソファーに座って動かなくなった


ホッとして
歯医者に行ってくるよ
と言うと
また出かけると言うので
じゃあ絶対転ばないでね
とお願いして
意を決して置いて出た

もう心配しないことにしたから

あと
自分を犠牲にしないことにした


介護に正解がないのなら
介護の心得だけ勉強して心得て
あとは父だけに焦点を当てて
父ならではの介護を研究したらいい

どんどん変化していくのだろうけど

その都度やり方も変えていけばいい

自分が納得のいく結果なんて別にないし
だって父の人生だから


歯医者から戻ったら
父はソファーに座っていた

出かけなかったよ
と報告してくれた

「今日の良かったこと」は
寝てないわりに元気でいられたこと
と言っていた

今日も無事で  本当に良かった


2018年5月31日木曜日

5月31日



昨日の夜10時頃
寝ようと思ったら
一階で電話が鳴っていた

間に合わないだろうなーと聞いていたら
20回以上鳴ってるので
何か緊急だったらと思い
下に降りて  着信履歴を見てみたら
東京からの電話だった

一応かけ直してみようとかけてみたら
なんとなく知ってる人の声

昔酒屋をしてた
親戚のおばちゃんだ


酒屋のおばちゃんは
父の10歳上の叔母で
だんなさんは亡くなり
子供もいなくて
性格もなかなか強烈なので
兄弟とも縁が切れていて
うちの父が後見人になっている

そろそろ半年実家に戻っているけど
電話がかかってきたのは初めてだった


数年前から
認知症になったと聞いていて
たまたまお隣さんがヘルパーさんで
身の回りのお世話をしてくださってるので
父が定期的にお金の送金をしていたのだけ
私が引き継いだ

父と母のこともあったので
お隣さんも  おばちゃんのことは
任せてくださいと言ってくれている
とてもありがたい状況だ


しかし昨日の電話では
おばちゃんはプンプン怒っていて
これこれこうこうで
お隣さんの顔も見たくないと言っている

それを5回も6回も繰り返す
これはアルツハイマー型の症状だな
とか
噂だけだった架空の人物が
現実にいたんだ!
みたいな衝撃を受けつつ
多分20年ぶりくらいに話すおばちゃんは
やっぱり私の存在すら覚えていなかった
そうか  やっぱりそういう感じか
とか
父とは違うタイプの認知症を
突然体験することになった機会を
自分なりに味わってみた


今の生活は  時間がたっぷりあるので
おばちゃんが何回繰り返そうが
聞いていられるゆとりがある

うんうん  とずっと聞いてたら
気が済んできたのか
最後には穏やかな口調になって
自分から電話を切ってくれた


一瞬  今のこの現実に
おばちゃんも加わるのかと
ぞぞぞっとしたけど
あんまり気にしないで
とりあえず今まで通り暮らそうと思った

父に話したら
おばちゃんが元気そうで良かったと
「今日の良かったこと」に書いていた


2018年5月30日水曜日

5月30日



今日は父みたいな患者さん達が
救急で運ばれて来る最前線で
お仕事してるお友達が来てくれた

いつも無償の愛を注いでくれるその人は
今日は自分の誕生日だってのに
何も言わずに私にプレゼントを
持って来てくれた

おいしいものから楽しいものまで
その上今の私にはありがたい
大きな助けになる情報まで


海を見ながら  おやつの時間に
無理矢理ランチに付き合ってもらって
たくさんいろんな話しして
とても楽しいお誕生日になった

自分の誕生日じゃないのに
自分のかのように
お祝いできて良い気分だった


いつも私の勝手なマイペースに
付き合ってくれるその人は
これからもかたちは変わっても
勝手やってる人達を包み込むように
暮らしていくのだろうと思った

でもそれよりもっと大きな何かに
包まれて幸せになってくれたらいいな

それは10歳年上のだんなさまでも
もちろん良いと思うよ


2018年5月29日火曜日

5月29日



昨日は朝から晩の間に
4回も怒った

こんなことは
今までなかったんだけど
怒りのコップがあふれたみたい

父に怒りをぶつける度に
悲しくなって涙もポロンとあふれた

父は何も悪くない
ただ父の現実を
生きてるだけなのに
怒ってしまう自分が辛い


今日は疲れ果てて眠り続ける父

昨日みたいに幻視が出てても
元気な日くらいは
好きなようにさせてあげよう

夜遅くまで
幻視のお客さんと会議してても
若い頃は鉄人と呼ばれた男
寝不足したって大丈夫
みんなとおしゃべりしてるのが
楽しいのかもしれない
(お酒を出してあげてたくらいだし  笑)

助けてほしい時は言ってくるから
そういう時だけ
助けてあげたら良いのかもしれない


介護に正解はないって
「在宅介護の心得」に書いてあった

そういうの好きだな


2018年5月28日月曜日

5月28日



わかったぞ
今日わかったことがある

認知症の人の
幻視や妄想を
否定しないように  と
よく本やインターネットに書いてあるけど
一方で認知症扱いしない
とも書かれているのを読んだので
私は半分聞き流し  半分そのまんま伝えてきた
思いっきり否定する時はする

でも本人に見えてることや考えてることは
その人にとっては現実なので
うちの父なんかは
負けじと説明してくる

認知症だと
相手への配慮が難しくなって来るし
こちらがどう思おうと
つじつまが合ってなかろうと
おかまいなしだ

その上父の場合
不安の気持ちに基づいていることが多いから
被害妄想が膨らみまくる

今日はうたた寝で見た夢の延長で
家が競売にかけられて
引き渡さなきゃいけなくなった
なんて言い張るもんだから
こっちもその心配を解きたくて
一生懸命説明する


でもわかったぞ
その心配は  解かなくても良いんだ
どんなに説明したって
父の頭の中では現実
そしてその現実は
そのうち忘れ去られていく

否定することは
こちらが疲れるだけのこと
父のためと言うより自分のために
否定しないでただ聞いてあげたら良いんだな

今日もがんばっちゃったナ

でも100万円賭けたので
1ヶ月後にもらえる予定

そのことは忘れないでほしい


2018年5月27日日曜日

5月27日




父は幻視の世界の人達に
やさし過ぎるほどにやさしい

幻視のお客さんが来ている時は
いつもお客さんが優先で
私を黙らせようとする

夜中にお茶を入れてあげたり
お客さんの寝る部屋の心配をしたり
したいようにさせてあげて
自分は寝れなくても我慢して
しっかり付き合う


その反面  怪しいお客さんには
勇敢に立ち向かう

窓の外にピストルを持った人達が
銃をこちらに向けて狙ってると言って
庭に出て行ってしまったり

いつも寝ているのに
変な人が来てる時は
ちゃんと私の様子を見に来て
気をつけてね  と言ってくれる

でも
女の子がお経を読んでるってのは
さすがに怖がってたな


ああ  脳ってやつは
本当に厄介なことをしてくれるなあ

でも人柄は  変わらないんだな


2018年5月26日土曜日

5月26日



今日は父の仕事のパートナーさんが
気分転換にと
ジャズのライブに誘ってくれた

パートナーさんの大きな目的は
ジャズが好きだという父を
外に連れ出すことなんだけど
床屋以外一切出かけなくなった父は
頑なに拒んで行かなかった

ってゆうか
テレビで野球とゴルフと相撲観戦が
大好きな父しか知らないので
全然ジャズと父が結びつかないんだけど



ジャズを知らない私も知ってるような
大御所アルトサックス奏者
笑顔が素敵な85歳のおじいちゃん

アメリカ人のピアノとウッドベースと
ドラム奏者を連れてきて
自分で作曲した曲や
ジャズファンクやボサノバなども演奏していた

ピアノのおじいちゃんも笑顔で楽しそう
見てるとこっちまで笑顔になる
ウッドベースがめっちゃかっこいい
ドラムもすごい

管楽器の音があまり好きじゃない私は
サックス以外の3人だけで演奏している時は
期待以上にいいな〜と思った
ついついサックス以外の音を
追いかけてしまう

でも  サックスのおじいちゃんがいなかったら
この3人の演奏は聴けなかったんだよな

いや  おじいちゃんが
良くないってわけじゃないんだけど
すごい素敵な笑顔だし
私の勝手な好みだし

まあ  そういうことってあるよね〜


2018年5月25日金曜日

5月25日



父の習慣
1日ひとつ  良かったことを書く

どうにか三日坊主にならなくて済み
今日で4日目

毎日  ごはんが食べれて良かった
と書いている

全然食べれなかった日は
ごはんが少し食べれて良かった
たくさん食べれた日は
たくさん食べれて良かった  と

ごはんが食べれることは
本当にうれしいことだと思う


これを書くことにした日
父は小さな字でずらずらと
自分の想いを書いていた

なんて書いてあるか読めないし
本人も自分が書いた字を読めないみたいだし
説明してもらっても
全然理解ができなかったけど
ひとつだけ読めたのは
久しぶりにお風呂に入ることが
こんなに気持ち良いなんて
お風呂に入れない人でないとわからないだろう
と書いてあったこと

ほとんど寝たきりで
やっと起きれた日は幻視の世界で
まともに日常生活が送れない父の気持ちを
どれだけわかってあげられてるのかな

一緒に苦しむことは
恐れることじゃないと
看取るお仕事の人の本に書いてあった

ちゃんと苦しみの向こうに
共感を経た上での喜びがあるんだと

それを読んでから
苦しみに引っ張られるのと
どれだけ苦しいのか理解しようとすることとは
違うのだということがわかったら
怖くなくなって
引っ張られなくなった

父と楽しくやっていくのに大事なことは
どれだけ気持ちを理解できるか
なのかな  と思うこの頃だ



今日は珍しく
父が母の話をし出した

父が母のことを考えてることを知れたのは
今日の私の良かったこと

でも最近多発している
私のことを「おかあさん」と
呼び間違えるのはご勘弁だな


2018年5月24日木曜日

5月24日



今日は歯医者の日

こちらに来てから
歯医者は良い気分転換になっている

やさしい女性の先生が
丁寧に治療をしてくれて
痛いところがなくなっていく

今日はやむなく奥歯の神経を
抜くことになってしまったけど
半年くらい苦しんでいた痛みから
嘘のように解放された


神経を抜かないでいいように
いろんなことを試してくれて
あらゆる手を尽くしても
痛みはなくならなかったので
最後の手段で抜いてくれた

そこまで行ったらもう
執着しないで手放しちゃったらいいんだ

人生には限りがあるんだから
また手放した後にも
いろんな選択肢があるんだし
我慢して苦しみ続けなくたっていい

大事にしてたものが
本当は自分にとって
必要のないものだってこともある

いろいろやってみてダメだったら
諦めちゃったって良いこともあるさ

歯医者はとても良い気分転換になる


それにしても最近父は
私が出かけるのを嫌がらないな

喉に詰まってたかたまりと一緒に
不安も飲み込んじゃったのだろうか


2018年5月23日水曜日

5月23日



昨日穏やかな日中を過ごした父は
1日を終えぬままに
夜通し見えない誰かとおしゃべりし続け
朝になっても昼になっても眠れずに
今も家の中でウロウロし続けている

寝たいのにもう
どこにいても邪魔者がやってきて
寝かせてもらえない

そうやっている姿を見ているのは
とても切なくなる

穏やかな日に幸せを感じられるのは
穏やかでない日があるからなんだな
と思った


足が動かなくなってきてるのに
何度も階段を上ったり下りたり
落っこちないか心配なのと
良い筋トレになってるな  と
ふたつの思いが混在する

勇気を出して買ったカメラが届いたのに
気になって集中できないな


2018年5月22日火曜日

5月22日



昨日の介護認定の方が
父は何か習慣にすることがあった方が良い
と言っていた

今日は元気に起きてきた父

元気な日は前向きなので自分から
ごはんの後に本を読む  とか
ごはんの後に散歩する  とか
決めた方が良いな
と言い出した

それって習慣のことだよね!ってことで
何かひとつ
寝ててもできることを
自分で考えてもらった


すると
どんな日でも  1日ひとつ
「良かったこと」を書く
と言ったので
それは良いね!ってことで
父の部屋のカレンダーに
これから毎日書こうということになった

寝込んでいる日は
ガラッと性格が変わってしまうので
どんな風に続けられるかわからないけど
辛い日も  その1日の中で
良かったことがなんだったかを考えるのは
こころに良い作用がありそうな習慣だと思う


因みに今日の良かったことは
ごはんがおいしかったこと  だそう

3日寝込んで全然食べれなかった分
今日は3食しっかり食べた

それも  いつも悩まされている喉の詰まりも
「のどに詰まってた塊がちょん切れてなくなった」
と言って  今日は何でも食べれた

玄米さんが送ってくれた空豆が
おいしいと言ってたくさん食べた

私にとっても
今日の良かった&おいしかったことだった


2018年5月21日月曜日

5月21日



今日は介護認定の
審査の方が来てくれた

とても丁寧に聞いてくださったので
最後にはもう
言い足りないことはなかった


父は寝込んでいたけど
ベッドからきちんと
名前や生年月日を答えていた

今の季節を聞かれて
「5月だから春だけど
夏になりかけてる春」
と言っていた


久しぶりに寝込んで3日目になるけど
頭はクリアなようで
今日はすんなり出かけさせてくれた

最近の鎌倉は  平日でも車が多くて
そこここで渋滞にはまる

早く帰らないと
父が不安になってるんじゃ。。
と心配になる

何も気にせず寝てるかもしれないし
全然不安になってないかもしれないのに

せっかく外にいる時間を
心配して過ごすのは
もったいないなと思った


そこで
自分のこころを観察しながら
最近お気に入りのケーキ屋さんに寄ったり
大仏に来ている外国人観光客を眺めたりして
予定より1時間半もオーバーして家に帰った

何事もなかったような顔して
父にお昼を作って食べさせた

全く何事もなかった


2018年5月19日土曜日

5月19日



介護をすることになり
いろいろ調べたり
経験者の意見を聞くと
自分一人で抱え込んではいけない
ということと
採点するなら60点くらいでいい
というのは  よく聞く話で

私はずっと
いつも誰かに助けてもらって生きてきたし
頑張り屋さんだけど
サボリ魔でもあるので
がんばりきれない性格は
今の状況では短所ではないんだな
と思えている

決して介護に向いてるとは思えないけど
自分のレベルに合った課題が
与えられたのだ  と思う


「何者でもない者になる」ことに決めてから
現実に自分が置かれている状況が見えてきて
これからどうやって生きていくか
ぼんやりと輪郭が見えてきたような

それでも決めない
目を薄ーく開いて
わざとぼんやりとさせておくのだ

目の前にあることだけに
集中するのだ



昨日  父が1ヶ月ぶりに
お風呂に入った

とても晴れやかな気分になった


2018年5月17日木曜日

5月17日



5日頑張って父は
昨日今日と眠り続けた

起きたらご機嫌斜めで
今こうなってるのは
私の言うことを聞いてたせいだと言った

ここのところ
ずっとやさしくかわいい父だったので
久しぶりの八つ当たりに
ショボンとなったけど
そういうこと言いたいんだな
と思えた


山の家の村の仲良し夫婦が
留守の間  家に
時々風を通してくれることになった

ありがたいな

村で出会ってからずっと
お世話になりっぱなしだ

お世話になるってのはいつも
一方通行な気がする

すごくお返ししたい相手には
返しきれないケースが多い

その分他の誰かに注げたら
ぐるりと回って届くかな
届いたらいいな


淡路島の心に風さんからも
良い香りのするお便りが届いた

家にもこころにも
心地良い風が吹くのは
みんなのおかげ


2018年5月15日火曜日

5月15日



5日目の今日も
父は朝から元気元気
に見えたけど
今日はすっぽり幻視モード

そんな父をケンチャンに任せて
私は朝から病院に行ってきた


鎌倉に戻ってから
右脇腹から背中にかけて
徐々に重たい痛みが続くようになって
さすがに気になっていた

きっとストレスで
十二指腸潰瘍とかに
なりかかってるのかな  とか
余計なことを考えてしまうので
ひとまず血液検査をしてもらおう!と
久しぶりに歯医者以外のお医者さんに
かかってみた


さっさと結論を言うと
筋肉痛だって  笑
生活が変化したので
使う筋肉が変わったんだと

しっかりラジオ体操してね!
と言われた


こころもからだも
やっぱりバランスが大事らしい

私はストレスにも負けず
すごく健康だということが証明された


2018年5月14日月曜日

5月14日



4日目も父は起きてきた

どうしちゃったんだろう

本当はそれが正常なんだけど

朝ごはんも昼ごはんも
食欲ないとか喉が詰まるとか言いながら
なんだかんだでしっかり食べて
おやつのブルーベリー豆乳も催促した


頂き物の手作りブルーベリージャムに
豆乳を入れると
ヨーグルトみたいにトロトロになって
おいしくて止まらない!


今日はもう
家の中が夏みたいに暑くて
暑がりの父共々
こっちでの夏が乗り切れるか心配だ

今のうちに体力つけてもらって
気力も回復してもらって
お風呂に入れるようになってほしい

インターネットで調べると
おばあちゃんが
お風呂に3年入ってくれなかった
なんて
書いてあったりするもんだから

そういう意味でも
今年の夏は
お手柔らかにお願いしたい


2018年5月13日日曜日

5月13日



2日起きてたら3日目には寝込む父が
3日目も朝からしっかりごはんを食べた

サプリと野菜ジュースが効いてきて
体力が出てきたのかな


しかし言動も行動もあやしい

夜自分の部屋にいると
電車に乗せられて九州や北海道まで
連れて行かれちゃうから疲れる  と
一階の母の部屋で寝たがるようになってきた

でも結局母の部屋にも
幻視のお客さんが来てしまうので
どこにいても寝れなくて
朝までウロウロして
最後は自分の部屋で倒れるようにして
布団もかけずに眠っていた


そのうち自分の家だということも
私が誰かもわからなくなるかもよ
と言ったら
もう私の名前は
わからない時がある  と言ったので
まあそんなもんだよね〜〜
と一緒に笑った


2018年5月12日土曜日

5月12日



約2週間ぶりに
ケンチャンが帰ってきた

そこで昨日はゆっくり
カメラを見に出かけさせてくれた


いつも鎌倉のパン教室に来てくれていた生徒さん
おじいちゃんの代からカメラ屋さんで
いつもパンの写真を撮ってくれていたから
カメラについて教えてもらえないか
軽い気持ちで相談してみたら
一緒にカメラを見に行ってくれることに

ずっとカメラ屋さんの店員さんもされていたから
すごくフラットな視点で
いろんなカメラについて知れるように
丁寧に説明してくれた

その上で  どんな写真を撮りたいか
とか  使いやすさとか
重いとか軽いとか
ちゃんと絞られていくもんだな〜

なんかすごく贅沢だった


その上
カメラを一緒に選ぶことが
きっかけに過ぎなかったかのように
いろんな話ができておどろいた

想像もしなかった激変の経験を経てきた人は
確かにいろんなことを感じて学んでいて
今激変を経ている者の身になって
理解しようと寄り添ってくれるのだった

私にもそんな技が
身につくようになるのならば
今って自分の未来にとって
鍵になる時間だなと思った



昨日すごく元気だった父
今日は食欲ないみたいだけど
いつもなら寝込むはずが
寝込まず比較的ごきげん

風の男ケンチャンが
新しい風を運んできたか


2018年5月10日木曜日

5月10日



街に暮らしていると
面倒なことがある

いろいろひしめき合っているから
ガス屋さんを安いとこに変えたら
前のガス屋さんが
もっと安くしますから〜〜と言ってきて
新しいとこと前のとこの
板ばさみになってモヤモヤする


うちは母が外に出れなかったので
ご近所さんの情報を得られなかったようで
知らずにずっと高いガス代を払ってきた

そこで変えようとしたら
もっと安くできると言われても
なんとも言えない気持ちになる


山の家なんて  選択肢がないから
余計な気持ちを抱かずに済む

選択の余地がないことの
良い側面てのもあるんだな

やるしかないって
それはそれで
ありがたいことでもあるんだな

(どうしても心の中では
あまちゃんのセリフのように聞こえてくる)


2018年5月8日火曜日

5月8日



昨日は弟家族が来てくれて
私を出かけさせてくれた

ちょうどニセコから
保土ヶ谷が実家の友達が
来ることになっていたので
うちでおやつを食べる予定だったのを
外でランチに変更した


久しぶりに会う人は
何故かだいたい誰でも
共通した変化を見つけられて
面白いものだ

昨日会った友達も
いろいろ激変していて
それでいて同じようなところに生きていて
話が尽きなくて楽しかった


不思議なことがもうひとつ
弟家族が来てるタイミングは
何故かいつも父はクリアな時なのが面白い

弟はどっぷり幻視モードの父を
知らなくていいんだな  と思う

今日はまた  朝から幻視モードの父
幻視モードの時は
何故か表情がかわいい


世の中不思議なことだらけ


2018年5月6日日曜日

5月6日



一昨日の父の幻視デーで
昨日は父も私もヘトヘト

父は寝たきり
私はYouTubeで
友達が勧めてくれた「あまちゃん」を見続けた


それでもごはんは食べたがるので
作って持って行く
昨日の父は
その度労いの言葉をかけてくれた

なぜかというと
数日前の父の夢か幻視に
(夢の延長で幻視を見ることも多い)
母も含め  親戚が勢ぞろいしていたそうで
みんなが
「美穂は秋口に肝臓を悪くする」
と言っていたんだと

幻視なんだから  気にしなくて良いよ〜〜
といつもなら言うところだけど
しめしめと  今回はしっかり乗ってみた

それは本当かもよ!
きっとストレスが原因だよ
夏の疲れも出るのかもね〜〜

と言ってみたら
それから幻視の真っ只中にも
「肝臓大丈夫?」
と聞いてきたり

娘に無理をかけないようにしないと
自分の身も危ぶまれる
ということも
自覚し始めてくれたのかもしれない


進行してる流れの上で
逆流させる術を考えて実行したり
バイオリズムの波を
観察して読み取ったり

ここは湘南
波に流されず
乗れるようになったらいいんだな


2018年5月4日金曜日

5月4日



父の幻視は  2日間現れて
2日間消えている
という感じのペースでやって来る

幻視が出てる間は
夜も邪魔されて眠れないので
2日目には疲れ切って
次の日には倒れて寝込む

寝込んだ日は本来の父に戻るので
しんどそうだけど
普通に話ができる

前は2、3日寝込んだけど
最近は丸1日寝込んだら
次の日は比較的クリアに1日過ごす
そしてその日の夜くらいから
また幻視が始まる


幻視の日は  言語障害も出て
何を言ってるのか全然わからなくなる

こちらから話題を投げかけても
大体スルーされてしまう

こっちもスルーしたいくらいだけど
父の見てる世界の話を聞いてほしいようで
ノンストップで説明してくるので
仕方なく耳を傾けてみるけど
全然言葉が聞き取れないのでウンザリする


幻視の対応の仕方も
否定すると傷つくので付き合ってあげる
と書いてあったり
幻視だよと教えてあげる  と書いてあったり
いろいろなので  両方やってみる

今日はまたウザかったので
パパ!  しっかりしろ!  目を覚ませー!
と怒ってみたら
我に返ってくれた

うちの母は
かかあ天下で鬼ヨメだったので
ちょっとくらいキツイこと言っても
父は傷つかないと思う  笑


2018年5月3日木曜日

5月3日



レビー小体型認知症の
特徴的症状である幻視は
初期に見られる症状だそうで
幻視がはげしい父は
一応まだ初期だという

レビーはうつも伴うそうで
その上幻視もあるものだから
うつ病や統合失調症と誤診され
抗精神薬を処方され
状態が悪くなることが問題視されているそう

レビーは薬の副作用が出やすいのも
ひとつの特徴らしい

父も始め  うつと診断されたけど
薬嫌いが功を奏し
副作用からは免れてきた

でも
今父が飲んでいる
数少ないレビーに対応している薬も
効果が出るのにちょうど良い量の振り幅が
とても狭い上に  人によって違うらしい

量や体質によっては
症状が悪化する場合もあったり

その上効果が安定するまで
3ヶ月くらいはかかるって

薬の扱いは  ただでさえ難しいのに
いろいろややこしくて
飲ませる方も神経を使う

その上薬を飲んでいても
症状を抑えることはできても
結局は進行していってしまうという


考えると
なにがなんだか
わからなくなるので
今日は強風
吹かれてみよう