2019年5月26日日曜日

5月26日




夕方散歩に出て歩き出すと
始めは風が涼しくて気持ち良い

そのうちからだが温まって
風の温度は下がっていくはずなのに
ぬるく感じるようになる

車がたくさん通るアスファルトの道が
余計にぬるくて歩きたくなくて
なるべく静かな道を選ぶけど
どうやっても歩きたくない道を
歩かないといけないときもある

そうか
この道を歩かないと
家に帰れないんだよな
と思ったら
そんなに嫌がっててもしょうがないな
と思った



父の待機に費やしたこの一年
ソファに座ってる時間の長かったこと

おしりがおしりじゃないみたいに
ペッチャンコになっていて驚いた

数日前から
スクワットを始めて筋肉痛

夏場は散歩に出るのも暑そうだし
家でしっかり尻筋を鍛えないとな


2019年5月25日土曜日

5月25日




あっという間に半袖だ

風が吹いてきても暑いなあ

毎日毎日
変化してるんだな

ひとつの家庭も
世界も
宇宙も



認知症が進行しない予定だった父も
どう見ても進行しているし

こないだ会いに行った父の叔母も
デイサービスでは穏やかだけど
自分の家に帰ると
しっかり進行具合が見て取れるらしい

表面的にはわからなくても
そのひとらしさが一番出る場面で
その変化が良く見えるそう


叔母ちゃんはお客さん商売をしてたので
人前に出るとシャンとするみたいだし
父も家族以外のひとがいるとキリリとなる

叔母ちゃんのデイサービスに来てるひと達も
全然認知症には見えないひとばかり

側から見ると
周りを困らせるような
問題行動をするようには見えない
ふつうのおじいちゃんおばあちゃん達だった



いろんな方向から見ないとわからない
ほんとうはすごく変化してるかもしれない

でも本人は無意識にでも
ちょっと無理してがんばってる姿を
みんなに見せようとするんだな

そのひとの習慣や美徳は
根強く残るみたいだ


2019年5月22日水曜日

5月22日




おいしそうなベリーがなっていた

今日も通ったら
なくなっていた

食べたかったけど
ちょっと怖い
昔みたいに直感だけでは
口に入れられなくなった



今週から週に一回
父の排便コントロールのために
看護師さんが来てくれることになった

時々看護師さんが
家に来てくれるということの安心感

自分だったらなるべく
お医者さんにはかかりたくないのに
自分以外のひとは 最低限でも
プロにお世話になっていてほしいと
思うようになった


10年くらい前
親友が癌で亡くなったのだけど
そのひとは自然療法で治したがっていた
でも奥さんが「安心できないから」と大反対で
あらゆる抗がん剤治療を受けて
最後にはなすすべがなくなり
亡くなってしまった

その頃私は
自分の治療法さえ自分で選択できない親友が
かわいそうだと思ったりしたけど
今は奥さんの気持ちもわかるな

今でも私は
本人に選択してもらいたいと思うだろうけど
近くで見ているひとは
自分のからだじゃない分
不安も大きいのだと思う


私だってもうすでに
看護師さんが来てくれるってだけで
もう何があっても大丈夫ってくらい
日々の介護も怠ってしまいそうなくらい
大安心しちゃってるもの